25.修羅場は出来るものではなく、作るものであると学んだ日。
どうして俺は迂闊にもさよりを家に上げてしまったのだろうな。そして、どうしてまたしても油断をしてしまったんですか? 何となく気配で悟れよと自分に言い聞かせたい。明日は汐見くんの運命の日である。それはつまり、鮫浜が何かしらの準備もしくは、心を動かす日でもある。ということは、いくら俺が不法侵入はするなよなどと言い聞かせていたとしても、明日のことを考えていれば前日のこの日の夜に、俺の部屋にいることくらいは予測できたはずなのに。それなのに完全に油断した。何でこんな時にさよりが来て、しかも家の中を物色しているのか。やっちまった感が満載だ。しかしダイニングキッチン以外は立ち入ったことが無いせいか、さよりはあらゆる部屋を見て回っているようだ。そんなに他人の家が珍しいか? こうなれば俺も池谷家にお邪魔しなければ気が済まない……が、さよりがいない時に行きたい。
「「キャーーー!」」
「ど、どうした、さより」
「湊、あなた、洗濯物をきちんとたためるのね。意外過ぎて驚いてしまったじゃない!」
「おま……お前、もしかして出来ないのか?」
「な、何のことかしら? わたくしが出来なくても使用人がやってくれるわ」
ああ、はいはい。幻想の使用人のことですね。どうせそれも、母親か姫ちゃんがやってくれているんだろう。なんて奴だ全く!
「いちいち悲鳴を上げるなっての。どこを探したって出てこないぞ」
「往生際が悪すぎるわね。二階にいるかもしれないじゃない。悪いけれど、上がるわよ?」
「へいへい、お好きに」
さよりは俺の家の探索を何気に楽しんでいるのか? あの性格だから今まで友達もいなければ、誰かの家にお邪魔することも無かったんじゃないだろうか。見られて困るものも無ければ、減るもんでもないのでしばらく放置しとくことにした。二階に上がったって、面白くも無い俺の部屋くらいしかないのだからな。しばらくは声を上げられることも無かったので、物珍しさに部屋を見回しているのだろう。そう思っていた。
「ここが湊のお部屋ね。ふふん、庶民派すぎて涙が出てしまうわ。あら? これは何かしら? 「秘蔵すぎるディスク触れたら危険!」ふ、ふぅん。危険ということは、そのディスク自体に法を犯す何かが入っているんだわ。危険すぎるわ。こんなのはわたくしが湊の為を思って、次の燃えないゴミにでも出してあげなくてはならないわね」
俺の部屋に入っていたとして、さすがに私物にまで手を伸ばすことは無いだろうが、何だか妙な胸騒ぎがする。様子を見に行くか。
「ここが湊の寝ているベッドね。へ、へぇ……ここであの背中が寝ているのね。背中に優しい成分でもあるのかしら?」
「――何を……しているの? さよちゃん」
「えっ?」
まさかと思うがおバカな思考全開に、ここが背中を付けているベッドね。とかなんとか言って寝てないだろうな? 冗談じゃないぞ。ただでさえ、あのベッドにはすでに……。
「「きゃぁぁぁぁぁぁ!」」
全く、騒がしい奴め。今度は何の感動を覚えたんだよ。慌てる必要も無いが、階段を一つ抜かして急いで駆けあがった。そこにいたのは、俺の油断である。
「湊」
「み、湊。あなた、何故……あゆを住まわせているのかしら?」
「ハ?」
「さよちゃん、それは違う。ここは私の家でもあるの。だから棲んでいるの」
「ま、前にも聞いたことがあるわね。本当はどっちなのかしら? それはともかく、ここは湊の部屋であることには違いが無いわ! だってあんなモノ……な、何でもないわ。とにかく、説明してもらえるかしら?」
窓の鍵をかけ忘れてたか? いや、違うな。少しだけ風でも入れとこうと思って開けてたんだった。それを開けて入って来たのか? 足を上げればすぐに侵入は出来るが……どうしてさよりがいる時に限って入って来たんだよ。
「とりあえず、さよりの探していたのはいなかっただろ? だから帰っていいぞ」
「それはそうだけれど、今は説明を頂く必要があるわ! そもそもあゆとは付き合ってもいないのでしょう? あゆだって湊のことは何とも思っていないわ。そうでしょう?」
「思ってない。けど、嫌いじゃない」
「それなのにどうして湊の部屋に住んでいるって言えるのかしら? あゆは湊の彼女にでもなるつもりがあるのかしら?」
「……違う。湊の姉でもあるし、妹でもある。それだけ」
それは鮫浜の妄想世界のことだろう。妹は捨てがたいと思いつつも、それでもそこまでじゃない。姫ちゃんを見ているしな。鮫浜は可愛いが、俺も好きかと言われれば上手く答えられないんだよな。もちろん、さよりはそれ以前の問題があるしな。
俺がファミレスバイトで二人に初めて会って、むちゃくちゃ腹が立った時には少なくとも、こんな仲違いするようには見えなかったんだよな。いくら友達じゃなかったとはいえ。だけど、何でこんな俺の部屋で修羅場空間が作り出されているんだ? 何でだろうな。さよりがそもそもライバル宣言したからと言えばそれまでなんだけど、一体何のライバルだったのだろうか。二人とも俺のことで争っているわけでもないのに。
「いや、落ち着け。ここは俺の部屋で俺の家。親が留守にしているけど、勝手に入ってきて喧嘩とかやめろよ。そして、さよりは用が済んだろ? 自分の家に戻れ」
「説明を……」
「いいから、帰れ! 俺の家の中でわがまま言うようなら、お前とはもう――」
「か、帰るわ。だ、だから、湊。わたしを嫌いにならないでね。そ、それじゃあ、行くわね。お邪魔したわ」
「あぁ、じゃあな」
わがままなお嬢様には声色を変えて言えば、効き目バッチリだな。そして残るは病みの女王か。
「喧嘩なんてしてない」
「おっと、今回は言い訳が通じないぞ。あゆ。お前、何でまた勝手に入って来た?」
「明日のことを、誤解のないように伝えるため……」
「そうか、彼とのことか。それなら部屋じゃなくて玄関から来いよ。親がいないんだからチャイムを鳴らしたって平気なんだぞ? 少なくともお前は、さよりよりも賢いし常識を持ってるんだから分かれ」
「……ごめん。何でさよちゃんが湊の部屋に?」
「勝手に上がってきて勝手に家の中を探してたんだよ。それだけだ」
「何を?」
む……姫ちゃんが来ていたことを話していいものなのか。これは言ってはいけない気がするな。あゆには悪いが、嘘をつかせてもらう。俺の為にも、姫ちゃんの為にも。
「タッパーだよ。前にあゆが料理しに来た時、あいつが料理を作ったとかで持ってきたタッパーな。保存食っぽいからすぐには食べなかったし、食べた後も洗ってしばらく置いといたんだ。それの場所が分からなくて、さよりに探させてたんだ」
「――そう」
「だから、俺からさよりを家に入れたわけでもないし、部屋にも入れたわけじゃないぞ。納得した?」
「……分かった。じゃあ、私も戻るから。ごめんなさい、湊」
「お、おぉ、またな。おやすみ、あゆ」
どうやら分かってくれたようだな。結局、明日汐見君に何をするのかは聞けなかったけど、危険なことでもなさそうだし、闇関係でもなさそうだ。そして裸足のままで玄関から帰れとは言えないので、今日は特別にそのまま窓から部屋に帰らせることにした。本当に足を上げて、手を窓枠にかけるだけで入って来られる距離すぎるわけだが。
「湊」
「うん?」
「私には見えているからね? 湊には釣り合わないことも……」
「ん?」
「おやすみなさい」
「お、おう、お休み」
一体何のことなのか分からんけど、隣すぎる関係でも恋にはならない。それが何とももどかしい。そう思った夜だった。




