193.さよりと甘い時間 ③
「これこれ! 湊、湊~! これがいいわ」
「どれだ?」
「……ち、近いわ。あの、湊……近いのだけれど」
「何が?」
「だ、駄目よ! まだ駄目なの!」
「は?」
ショップで新しい機種を見ていたのだが、さよりから近付いて来たくせに顔が近づきすぎたせいなのか、途端に恥ずかしさを覚えて、両手で突き飛ばされてしまった。
冷静になるさよりというのは珍しく、思わず面を喰らった形だ。
いつもならそのままうっちゃりをかましてきそうなくらい、もっと密着して来るのに、外に出て来たら冷静になるとか、さよりらしくない。
「お前、さよりなの?」
「まぁ! とうとう、湊の方が残念な記憶と男の子に成り下がってしまったのかしらね? ふふん、こんな間近に彼女がいるというのに、『お前はさよりなのか?』ですって? 当然ね! わたくしはさよりであって、残念な女ではないのよ。お分かりかしら?」
コイツは何のためにショップに来ているのかも忘れて、いい気になっているのか?
さっきまでのか弱い美少女は、どこへ消えたのか。
学校にいるときは明らかに弱々しいさよりで、そこまで強気になったことはなかったのに、いつもの地元、いつもの風景に来たせいか、態度がでかくなり過ぎている。
「おい、さより」
「何かしら?」
「お前は俺の何だ?」
「決まりきったことを言うのね。あなたはわたくしの彼氏だわ! それ以下でもそれ以上でもない」
「ほう? 以上にはならないってことは、彼女以上の存在にはなるつもりはないってことか?」
「え……そ、そういうことではなくて」
可愛いと思って接していれば、何ですぐに調子に乗って人を不快にさせるのか。
一緒にいて落ち着かないのは、さよりだからなのか、それとも……
『そこの学生! 真っ昼間からサボりか? ん? どこかで見た……』
「えっ? み、湊、目よ! アレは目だわ! に、逃げないと」
「目か? まだ学園にいるのか。確かにまずいな……さより、俺の手を握れ!」
「で、でも……」
「迷わず俺に掴まれ! 俺の女なんだから、迷うなよ!」
「お、女……湊のオンナなのね! あぁぁ……やっぱりこれは現実なのね」
もしやショップにまで来ていたのに、今の今まで夢だとでも思っていたのか。
それは俺自身も否めないが、さよりには大概可哀想なことをさせてしまっているだけに、これ以上強くは言えないか。
「い、行ったか?」
「はぁはぁはぁ……た、多分平気だわ。ふふっ、湊との愛の逃避行なのね」
「……まぁな」
「ほわわわ! 湊が認めたのね! このまま行ってもいいわよ?」
「どこに?」
「し、式場……あぁ、駄目ね。予約が……」
あまり変化の無い答えしか用意が無いようだが、彼女制限な状態では無理もないか。
俺としてもキスは出来ないにしても、もっとさよりと甘々な時間を過ごしてもいいかなと思っていたのに、どういうわけかさよりは危険を呼ぶ女のようだ。
『おいおい、そこのガキ二人、調子に乗っていつまでもイキってんじゃねえぞ?』
こんなに地元は治安が悪かっただろうかと思うしかないが、聞こえて来た声が今日一の最大の敵のようだ。
『お前、高洲か?』




