192.さよりと甘い時間 ②
さよりと学校を抜け出してどこかに行くことになるなんて、こんなことは今まで無かった。
もちろん今の彼氏彼女な関係は、嵐花に言われての交際であって、お互いに告白をしたり自然な流れで付き合うわけじゃない。
それだけに関係を知らない連中には、彼女は俺のカノジョじゃないとも言えず、俺の彼女だ! としか言えなかった。
こんな関係、気持ちでいるのは、さよりになんて言って詫びればいいのか、分からなくなりそうだ。
「ねえねえ、湊」
「どうした?」
「お部屋じゃなくて、お店に行きたい。行ってもいい?」
「何か欲しいのがあるのか?」
「湊ともっと沢山繋がりたいの。だから、電話の新しいのが欲しいの」
「さよりの親父さんから貰えるんじゃないのか? どうしてわざわざ買おうとするんだよ」
「だって……一緒がいいの」
「あん?」
外に出てからはさすがに横に歩いているさよりなわけだが、何やらもじもじしながらケータイが入っている腰ポケットを、しきりに見つめている。
「コレか?」
体を見つめられても困るので、お目当てのケータイを出して見せた。
俺のケータイは、普段は学校のサイトを見るくらいで、あまり誰かとやり取りをしていない。
それもあって友達リストは少ないと言っていい。
「うん! 湊と同じがいい! だからショップに行きたい~」
「行くのはいいけど、この辺はすぐサボリがばれるからな……しかもチャリは学校に置いたままだし、歩くことになるぞ? お前、熱を出しといて大丈夫なのかよ?」
「お前じゃないもん」
「はいはい」
さよりの普段の言葉遣いは、偽お嬢様言葉が板に付いて来ていたが、本来のさよりは甘々な感じであって、物凄く幼くなるという特徴がある。
これを見せて来るのも恐らく俺だけなだけに、喜んでもいいのか微妙だ。
「湊と一緒がいいもん。だから歩く~」
「分かった。その代わり、疲れてもおんぶ禁止な!」
「うぅっ……湊のいじわる……」
何というぶりっ子属性……何ということでしょう。
これがいつも出ていれば、さよりにはもっといい男が寄って来そうではあるのに、何で俺なのか。
「ねえ湊。わたしね……」
「うん?」
「湊とね……」
「ん?」
「えへへ、内緒なの」
「何だよ、もったいぶって。そんなに大事なことなのか?」
「大事……なの! だって、湊の為に頑張って来たんだもん」
そういえばコイツは、俺が今の学校に転校させられる前に、何かの修行をするとかで姿を見せない時があった。
それが終わったのか、一緒に転校して来た時には、何となく以前よりはさよりの態度が穏やかになったような気がしないでもない。
さらに言えば、出会った頃の残念なオムネさんにも、多少の希望が見られるような気がした。
「ど、どこ見てるの!?」
「んあ? いや、見てないぞ」
「見てないの? 本当に……?」
「た、多分……」
「湊はもっとわたしを見るべきなの! いい?」
「努力する」
一体何のくだりなのか。
それにしても遠い。バスに乗るくらいは出来たのに、どうして俺たちは朝日を浴びながらひたすらに、湖沿いの道を歩き続けているのか。
幸いなことに路線バスが時々通るくらいで、すれ違う人が全くいないのが助かってもいるが。
「ねえ、湊」
「何だ?」
「あれ、あそこの湖の所にいる人……栢森さん……」
「あん? 嵐花がいるって? どこだ?」
「誰かが栢森さんに倒されている気がするの」
歩道から湖までの距離は、コンクリ堤防から下に降りて行くまでにそこそこある。
はっきりとした人影というわけではないが、誰かどうかはぱっと見で分かる程度だ。
「あれは……足フェチの――」
関わりたくないので見ているだけにしておくし、さよりもそうだと思うが、遅刻が多い嵐花の原因が何となく分かったので、これはこれで収穫かもしれない。
「どうして湊は栢森さんに気に入られているの?」
「知らん」
「席が隣なだけで、どうしてなの?」
「分からんが、出会い初めに口答えしたのが気に食わなかったらしいぞ。それで席も隣だったから、目を付けられて舎弟にされた」
「……そんなの、おかしいわ。湊の席はだって……」
「んん? 俺の席が何だって?」
「は、早く歩きましょ」
何やらおかしいことに気付いたらしいが、この道から早く離れたくなったらしく急かされてしまった。
自分の席なんて、くじ引きとか先生の気まぐれとか……転校生の俺とさよりで、予め決まってたんじゃないのか。
よく分からないが、あまり気にすることでもないだろう。
さよりの席が廊下側で、しかも一番後ろという感じになっているのは意外だったが、そこも果たして気にすることなのかは分からないことだった。
「ねえ湊、帰りに学園の様子を見て行く?」
「……学園にか? いや……」
何かを気にしだしたらキリがないが、さよりが学園のことを言うのは珍しい。
そもそも朝から学校を抜け出して、地元の繁華街へ行くというだけでも緊張物でもあるのに、学園に足を向けるのは、何となく嫌な予感しかしない。
浅海が近くにいない以上は、学園に近づくのは避けたいところだ。
「駄目だ。さよりは熱を出したんだぞ? 回復したといっても、本来はもっと寝ていてもおかしくない。さよりは俺の傍にいろ! 分かったか?」
「はうっ! あ、あなたの言うとおりにするわ」
どういうわけか急に腰がくだけたらしく、その場で倒れ掛かったさよりだが、すぐに立ち上がって素直に返事を返して来た。
「ハァハァ……相変わらず、その声は恐ろしいのね」
「そうか? もういい加減慣れているだろうに……」
「あ、あなたのその声、一部のセリフはあの頃のままなの。は、反則過ぎるわ……」
元気が出て来たのか、言葉遣いがいつも通りになっている。
あの頃のセリフと言うと、思い出したくも無いファミレスでのさより専用メニューが脳裏によぎってしまうが、コイツにはそれがずっと残っているのかと思うと、早く抹消してくれと願うばかりだ。
慣れた地元の繁華街……大丈夫だと思うが、念には念を入れて歩くしかなさそうだ。




