187.救世主と思ったら修羅のち、修羅場形成
自分の教室に入るだけなのに、どうして気楽に入ることが出来ないのか。
月曜の朝といえば、大体憂鬱なままで登校してくる人がほとんどだ。
そんな状態で学校に来たら、すでに廊下がおかしなことになっているという光景だけで、他の人には申し訳ない気持ちになりそうである。
『ねえ、どうしたの? 湊くん、困りごと?』
おぉ! 救世主が来た……いや、修羅か?
「ひ、姫……? 何で2年の廊下に来るのかな……」
「おっと、俺もいるぜ! この子、池谷の妹ちゃんだろ? 昇降口で会ってそのままここに来た」
「鮫島がどうして姫と仲良くしてんの?」
「仲良くないけど、顔を少しでも知っていて湊くんのお友達ってだけなら、一緒に歩いてもおかしくないでしょ?」
「それはそうだけど……」
俺のことを嫌いになった姫は、敬語からタメ口に格下げして、しかも「くん」付けで呼ぶようになった。
微笑しながら声をかけて来たかと思えば、彼女の陰に隠れていた鮫島が、悪ぶれることも無く声を出して来たのは何ともやるせない。
ちなみに姫の留学は今すぐではなく、夏休みに入ってかららしい。
今となっては、姫への脅威が無くなったので、それについては池谷家に任せるしかないだろう。
「それで、年上先輩たちは放っておいてもいいと思うけど、アレは?」
「あぁ、さよりはかなり浮かれまくりで、現実に戻って来ていないだけだ。妹なりのアドバイスをくれないか?」
「何でわたしが? 何度も見せて来ているけど、さよりと仲が悪いのは知ってる? そんな仲が最悪な妹が、姉を元に戻せるとでも思っていたら湊くんも大概残念だね」
「くっ……」
今まで敬語を使われてきたこともあってか、姫の態度の切り替わりは胸に来るものがある。
「湊さん」が「湊くん」になって、普通なら親しい感じで近くなった感じがするのに、遠く感じるのは今までがおかしかったということか。
「何だよお前、池谷の妹ちゃんに惚れてたの? いい加減彼女を作れよ! 現実逃避の姉よりは、妹ちゃんにしとけばいいんじゃね? そうすれば失恋相手のことをすぐに忘れられんじゃねえの? 姉は本当にないわ~!」
「前もそういうこと言ってたけど、お前にさよりの何が分かる? というか、さっさと教室に入れよ。鮫島に言われる筋合いなんかないぞ!」
「へぇ……言うじゃねえか? いつまでも元カノのことばかり気にしてる高洲が言えるのか?」
「え、あの……何で鮫島さんと湊くんも、争いを始めてるんですか? 年上先輩さんをどうにかするってさっき……」
「あぁ、妹ちゃん。ごめん、俺はやっぱり高洲が気に入らねえんだわ。だから、妹ちゃんは自分の教室に行っていいよ。ここは俺がやっとくから」
鮫島はどうして元カノ……鮫浜のことを口にするようになったんだ?
やはり関係者で、しかも近い関係なのか。
兄か弟か、それとも元カレ……
「ごめん、姫。ここは色々渦巻き過ぎてるから、教室に行きなよ。さよりのことは俺が責任を持って、面倒見るから、姫に心配をかけさせないようにするからさ」
「……え? 責任? 面倒って……それってどういう――」
「おい、高洲! 池谷の妹ちゃんに適当なことを言って、惑わしてんじゃねえぞ! あんなおかしな女をかばったって、お前に何の得も……」
「――あ? 鮫島にさよりを悪く言われるのは、さすがに無視出来ねえな」
姫がまだこの場に躊躇している中で、見せつけてしまうのはどうかと思ったが、見せつけるのが効果的だと思っていたら、俺は離れたところにいたさよりの肩を抱いていた。
『――へ? 高洲、お前それ』
『み、湊くん!? え、何で……』
現実逃避していたさよりは、そこそこ離れたところにいたので、姫と鮫島はもちろんのこと、嵐花と明海さんに加えて、登校してきたクラス連中にも宣言することになってしまった。
自分でも摩訶不思議な行動に出てしまったと思っても、もはや止められないことを知る。
どうやらそういう意味では、俺も胸を張って彼女が出来たことを自慢したかったらしい。
「み、湊……!? あ、あなた、いきなり何をしているのかしら?」
「さより、今は黙って俺だけを見てろ! いいな?」
「きゃぅぅ……はふぅはふぅ……は、はい」
肩に抱かれながら、さよりは顔が沸騰寸前になったまま、俺の顔をひたすら見つめている。
『鮫島! それと姫! 悪いが、さよりは俺の彼女だ! コイツのことをとやかく言うなら、俺はお前らを絶対許さないからな!』
「み、湊くんがさよりの……そ、そんな……」
「う……そだろ……あの子のことに執着してたんじゃなかったのか……」
『クラスのみんな、特に男連中! お前らも、俺のさよりに手を出すんじゃねえぞ!』
ああああ……大変なことを叫んでしまった。
これは新たな修羅場の始まりなのか、それともさらに酷い世界が開けたのか、不安だ……。




