181.意外な来客と戸惑い B-4
「もしもし、ルリさん……どうしてそうなったのかな?」
「ち、違うの? お馬さんの湊、背中がすごいからいいのかなと思ったの……」
「見る人が見れば、誤解を招くからやめようか?」
「い、嫌なの……お姉さまと湊の距離に追いつきたいの」
ロリッ子彼女のルリに言われた通り、跪こうとした。
そこから何を間違ったのか、ルリは俺の背中にオムネさんをくっつけて来たと思ったら、そのままの姿勢で固まっていた。
オムネさんの感触は申し分ないが、彼女はそのまま背中に引っ付いたまま動かない。
「えーと……ルリ?」
「やーなの! 湊にくっついていたいの」
もしかして泣いているんじゃないよな?
そう思って顔を上げようとすると、ルリの両腕により首はしっかりと固定され動かせなくなっている。
「駄目なの。湊はルリのなの」
てっきり着せ替えをするものだと思っていたのに、嵐花と俺とのやり取りが、彼女の中で燻るものがあったのか、くっついたまま離れようとしない。
これはどう考えても、妹か親戚の小さな女の子を甘やかした行為であって、そこにはいやらしさの欠片も感じられない。
嵐花の言葉通りに交際を開始したわけだが、どうすればいいのか分からないのは彼女も同じらしい。
こんな親と子の触れ合いみたいなことを嵐花が黙って見つめているのも気になりつつ、どうすることもままならなかった。
たっぷりとルリを甘えさせつつ、隙を見て嵐花の立っていた所を見ると、そこに彼女の姿は無かった。
「よ、よし、ルリ。とりあえず、落ち着いたかな?」
「うん……」
「ルリの可愛い顔が見たいから、起き上がっていい?」
「ルリも湊の顔が見たいの……」
軽く引き受けた彼氏だったが、これはかなり苦労しそうだ。
『嵐花お嬢様……お客様がお見えです』
『意外と早かったわね。いいわ、わたしが出迎えるとしますけれど、お一人かしら?』
『はい、相当緊張しておいでです』
『社交の場に出られるのも、初めてと聞いていますもの。まずはここで慣れて頂かなくてはね……』
嵐花は屋敷に挨拶に来た客を迎えるといった令嬢な動きをしていて、中々忙しいらしい。
「あ、あの~……わ、わたくし、池谷の家の者で……さ、さよりと申しますわ……って、あら?」
「ようこそ、栢森のお屋敷へ……あら? あなた、どこかで……」
「あ、あ、あああ……あなた、アレ! アレよ!」
「アレ? ふふっ、落ち着いてね? さよりさん」
「み、湊の!」
「みなと? あぁ、さよりさん……ふふっ、なるほどね。曲がりなりにも令嬢……ですのね」
「わ、わたくしは本物ですわ! 決して不確かなモノでもありませんことよ!」
「……そのお言葉遣いはどこから? もしかしてみなとですか?」
「こ、ここ、これはわたくしの昔からの言葉遣いですわ! 湊ごときに教わるわけが――」
何やら玄関辺りが騒がしい気がするが、そもそも栢森の屋敷の玄関がかなり広いので、迂闊に出て行くと迷いそうで怖い。
ここはルリもいるので、大人しく嵐花の戻りを待つことにした。
「池谷さよりさん。どうぞこちらへ」
「あっ……は、はい。わ、わたくしとしたことが、取り乱してしまいましたわ」
「いいんですよ。この後、更に面白い……いえ、存分に乱して頂くのですから……」
「え、あの……何かの教育ですの? こ、心の準備が……」
「くれぐれも、ご自重くださいね」
何やら嫌な予感がしないでもなかったが、そうとは知らずにルリは俺に甘えたくなったらしく、またしても体を密着して来た。
さすがに今回はお互いがソファに座ったまま、甘えて来るルリをなでなでしているだけだった。
「湊が好きなのはお姉さま?」
「え?」
「ルリは湊とお付き合いなの。だけど、好きなのはお姉さま?」
「お、俺が好きなのは……」
『あああああ! あ、あなた! そ、そこで何をしているというのかしら!?』
ああ、やはりそうか。たとえ本物でなくても、令嬢の繋がりはあるだろうなとは思っていた。
非常によろしくない現場を見られているし、騒ぐだろうなとは思っていたが、何でコイツなのか。
「みなと、それにルリ。ご紹介しますわね、彼女は池谷家の令嬢、さよりさん」
「は、はは……初めまして? 池谷家のさよりさん?」
「初めましてなの。湖上ルリと申しますなの」
さすがにお屋敷に出向くだけあって、普段のさよりよりは本物っぽく見える姿をしている。
しかし母親のいさきさんチョイスなのかは不明だが、さよりに着物はまだ早い気がする。
「は、初めまし……湊よね? あなた、いつも残念な思考で下民を輝かせている湊よね!?」
「いかにも俺は湊ですよ? 輝いてはおりませんけどね」
「な、ななな……何故、あなたが栢森さまのお屋敷に侵入しているというのかしら? 聞いていないわ!」
「侵入していないですよ? まぁ、聞かせてもいないですね」
「た、他人行儀みたいな言葉遣いをしないでよー!」
「他人だ」
なるべく俺も自我を抑えて会話しなければ、場所が場所だけに非常に危険だ。
「湊……さま、この人は知っているの?」
「あぁ、そうだね」
ここでふと気になったことがある。
令嬢レベルとしては恐らく小物なさよりでも、栢森の屋敷に入ることが出来るということは、可能性として聞いておかないと、心が落ち着かなくなりそうだ。
「嵐花、聞いてもいいかな?」
「何かしら?」
「こ、ここには付き合いのある令嬢が訪れる?」
「……ええ、そうね。気になる家でもある?」
「さ、鮫浜……は?」
これほど力のある栢森のことだ。
鮫浜を知らないわけもなく、恐らく会ったことはあるはず。
「鮫浜はもちろん、存じているわ。ですけれど、実際にお会いしたことはないわ。それでも、今度の社交の場で会うことになるかしらね。どうかしたの?」
「栢森と鮫浜は……どっちが……その」
「ふふ、みなとは強い令嬢を好む? その答えは……みなと、わたしの傍に来て下さる?」
「あ、うん」
さよりもルリも置いてきぼりにしているが、これだけは聞いておきたい。
「なぁ、みなと……あたしはお前の何だ?」
「あ、姐御です」
「だろ? あたしの舎弟はみなとだ。お前はあたしが守ってやるよ! 鮫浜に何をびびってんのか知らねえけど、お前に何かしてくるのであれば……鮫浜を――」
「……え?」
「まっ、今はあの姉ちゃんをどうにかすることだな。それも教育に含めてるぜ? ふふっ」
さよりを呼んだのも狙いなのか?
しかしさよりの反応を見る限りでは、そうではなさそうだ。
とりあえずルリに気を使いつつ、さよりを何とかしなければ。




