171.池谷姉妹は譲らない さよりパート2
「聞いていいか?」
「な、何かしら?」
「何で必要以上にくっついてくるんだ? カバンを取りに行っただけにものすごく時間がかかっていたのも気になるが、その間に何があったのか聞かせてもらうぞ」
姫ちゃんが玄関に来るまでの間、俺とさよりは妹が現れるのを、黙って待っている状態だ。
雨が降っているわけでもないのに、玄関先で二人並んで待っている姿も目立つというのに、どういうわけかさよりは、距離を取らずにやたらとくっついて来ている。
「あなたのお姉さまと名乗る彼女とお話をしていたの」
「お姉さま? そんな上品なお姉さまなんて俺には……いや、いる。いるな……」
「みなとはこれからたっぷりとしごいてやるが、今日はあんたがしごいてやんな! って言われたわ」
「……それは分かるが、どうして体を密着させて来るんだ?」
「そうすれば喜ぶからって言っていたわ。正直言って、それくらいはわたくしも知っていたのだけれど、お姉さまの言うことは絶対な気がしたの。上手く湊を育てている感じがしたわ!」
嵐花の言うことに素直に従うさよりには、疑う心を持たないのだろうか。
さよりは残念な女だとずっと思っているのは俺だけというのは確かだ。
それというのも、男に対しては疑いを持つくせに、同性相手には素直すぎるところがあるからだ。
鮫浜に対しては相手が悪すぎたので、そこはいいとしても、もし嵐花に心酔するようになってしまったら、さよりはどうするつもりがあるのだろう。
「育ててもらっていないが……それはともかく、さよりは誰が好きなんだ?」
「ここでプロポーズをしてくれるというの?」
「あ、いや……何でもないぞ。質問を変えるが、他にいるだろ? 背中とかに関係なく、令嬢に相応しそうな野郎くらい……」
「目の前にいながらあなた、意地悪い性根の腐った男にでもなるというの?」
「俺がその気が無いくらい、接してて分からないのか?」
「……それがどうかしたのかしらね」
「いや、でも……」
「あなたがあゆに振られて、だらしなく吹っ切れていないことくらい、わたくしにだって分かることだわ! だからといって、それが嫌いになることなんてありえないことよ」
一時期は俺もさよりでいいかなと思いながらも、土壇場であゆを選んだわけだが、さよりも姫ちゃんも気持ちがまるでブレていないのは驚いた。
「湊だって嫌いじゃないくせに、そんなことをわざわざ聞かないと分からないくらい、残念なのかしらね?」
「……まぁ」
「わたくしは確かに池谷の令嬢だわ。だけれど、選ぶのはお母様ではなく、わたくしなの! 湊をフるのもわたくしの意思であるし、そのまま遂げるのもわたくしの願いなの! 他に言いたいことはあるかしら?」
「あぁ……無いな。それでも、もし俺がさよりじゃない人を選んだらどうするんだ?」
とは言ったものの、結婚でもしない限り諦めないかもしれない。
何せさよりの目の前で、ライバルである鮫浜を選んだくせに、あっさりフラれるという結果をすでに生み出しているからなのだが。
「その時はその時だわ……でも、でもね……湊はわたしを許してくれた男の子なの。だから、わたしは湊が選んだことを許すと思うの」
――こんなことを学校の玄関先で話しているのもどうかと思うが、この間、さよりは俺から距離を取ることが無かった。
「俺もさよりが誰かを選んでも許すと思うぞ! 出来れば知らない奴で頼みたい所だが……」
「ふふん、ありえないことね。それに……恋も心も迷い込んだ湊は、結局元の場所に戻って来るものだと思っているわ!」
「迷う……ねぇ」
「でも姫とそうなるのは駄目なの。湊と姫が……なんて、想像したくない……」
さほど身長差が無いさよりが、上目遣いでお願いをしてくると、間違いを起こしそうで怖い。
姫ちゃんの想いは目に見えて分かっているが、心配するようなことにはならないはず。
これを知っていても、俺に危ない行為と行動をしてくる姫ちゃんには、はっきりと言う。
それが今日の覚悟なのだから。




