169.池谷姉妹は譲らない さよりパート1
重箱どころか、鮫浜関係で知らなかったことを知ってしまったという、何とも濃い昼休みになってしまった。
当然だが午後の授業に遅れてしまい、嵐花に説教を喰らったのは言うまでもない。
鮫浜のことで心当たりがあったのは鮫島だったが、遅刻した俺を冷やかすように声をかけてきたので、ファミレスに来たのはあいつではなかったのかもしれない。
「コホン! コホンコホン!」
どういうわけか、今日に限って一日がとてつもなく長い気がしてならない。
これからさらに長さを感じるのは、池谷家に行くことなのだが、果たして姫ちゃんは言うことを聞いてくれるかどうかだ。
「オッホン! ゴホンゴホン……ゲホッ……き、気管に入ってしまったわ……ゲホッ」
「何やってんだ、さより」
「み、湊がいつまでもわたくしをシカトするからじゃない!」
「いや、いるなら声をかけろよ。咳込みで気付く方が奇跡だぞ?」
「相変わらず細かすぎる男ね。と、とにかく、迎えに来てあげたわ! 有り難く平伏することね!」
「ん? 迎え? 何だっけ……迎えってか、同じクラスなんだから迎えも何も……」
「あらあら、湊は自分で言ったことでさえも都合よく忘れてしまうというのかしらね?」
俺が自分で言った……はて? さよりに何かを言った覚えは――
「何だっけ?」
「む、むかつく! 朝からわたくしに攻撃しようとした挙句、約束を反故にするというの!?」
「落ち着いて聞け! そうじゃなくて……」
「うるさいうるさいうるさーい! バカッ!」
バシーン――!
「……あ」
「いってぇ……」
「ち、違うの、あの、あのね……手に勢いをつけてしまっただけで……」
放課後だから教室には人なんて残ってない……なんてことはなく、今日に限って何故か嵐花が残っていた。
これはまずい事態になりそうだ。
さよりにビンタを受けたということは、悪いのは俺でありさよりではない。
恐らくさより的には、朝の壁ドンの反撃のつもりで手を向けてきたつもりなのだろうが、手の勢いは止まってくれなかったようだ。
『おい、みなと! てめえ、何、あたしの前で女に手をあげ……あん?』
他の連中も驚いているが、手をあげたのは俺ではなくさよりである。
それなのにパニクったさよりは、顔面蒼白なまま固まっている。
こうなったら嵐花に見られても仕方ないくらいの行動力を出すしかなさそうだ。
「さ、さより、来い!」
「えっ!? み、湊がわたしを連れ去るというのね! い、いいわ! どこへでも連れて行って頂戴!」
「あぁ、とりあえず廊下な」
「の、望むところよ!」
あまりやりたくなかったが、さよりの肩に手を置きながら強引に廊下に動かすという手段を行使した。
「っおい! みなと!」
「嵐花、あ、明日よろしく」
「ちっ、たっぷりとしごいてやる代わりに、目を瞑っといてやるよ」
他の奴等は開いた口が塞がらない状態のまま、石化していた。
あまり意識をしていないさよりの肩を抱く行為は、いろんな意味で緊張してしまう。
「このままゴールインなのかしら……」
「ここがゴールだ」
「あ、あらっ? ろ、廊下なのだけれど……」
「いや、その前になんか言うことがあるだろ? 怒らないからここで言ってくれ」
「――あ! そ、そうね。あ、あのね、決してわざとなんかじゃないの。湊の顔の滑りが良すぎたのがいけないの」
「で?」
「ご、ごめんなさい」
「よし、許す。それで、行くんだろ?」
さよりに頬を叩かれたのはいつ以来なのか、はっきりとは覚えていない。
今回のに関していえば、完全にさよりのコントロールミスであり、悪意も何も無いことである。
多少痛みはあったが、あんなことくらいでさよりに怒っても、どっちも後味が悪くなるし、些細なことで喧嘩モードに入りそうな危険があったのが嫌だった。
どうあっても生まれつき、目立ってしまう美少女なのだろう。
「そ、それよ! 湊は嫌がるかもしれないけれど、お父様のお迎えの車に乗って欲しいの」
「俺のチャリをトランクに入れてくれ」
「ふふん、お安い御用だわ!」
「それで、俺は助手席に乗ればいいのか?」
「だ、駄目。これも嫌かもしれないけれど、わたくしと姫の間に座って欲しいの……」
嫌と言いたいが、言えない試練が待ち構えていると思っていた。
親父さんが運転している以上、少なくとも変なコトはしてこないはず。
「い、いいぞ。元から覚悟……そのつもりしていたからな!」
「当然ね。あ、そ、その前に、わたくしはカバンを取りに行って来るわね。湊はそこでお待ちなさい」
「へいへい」
廊下に連れ出しただけで、お互い手ぶらだったことに気付いた。
さよりのことだから、俺のカバンに気付いて持って来てくれるという、都合のいい優しさは期待出来ないだろう。
それならあいつが来てから俺も教室に戻ることにするか。
「――湊さん、何をしているんですか」




