166.思い出と確信の昼休み 前編
明海さんからの昼誘いを受けたのは二度目になるが、今回は姫ちゃんが乱入しないようにするためか、外に行くみたいだ。
気持ち的には楽に思えたが、放課後に池谷家に行くのでどのみち避けられないことだったりする。
「ど、どこへ食べに行くんですか?」
「んー? 湊くんの思い出の場所ってところかな。潰す前に記念にしてもらいたいし」
「潰す?」
「さ、この車に乗ってね」
「いや、昼休みは1時間も無いんすよ? どこまで移動するつもりがあるんすか」
「安心してね。午後の授業は私もサボるつもりはないし。だからすぐ移動!」
黒塗りすぎる車ではなく、至ってノーマルな車で移動すると、覚えのある店の前にたどり着いた。
「あれ? ここって……」
「湊くんにとって、懐かしい場所でしょ? ささ、店内に入ってね」
「まぁ、入りますけど……改装中ですか?」
「それも含めて話すね」
着いた場所は、俺がかつてバイトをしまくっていたファミレスだった。
思えばここで鮫浜とさよりに出会い、そこから始まってしまったわけだが。
どういうわけか、所々にビニールシートは被せられていて、外装は一部無くなっている様にも見える。
「やぁ、待ってたよ。湊」
「あ、浅海? どういう関係なんだ?」
「とりあえず、座って」
「お、おぅ」
男の娘姿ではない浅海を見るのは久しぶりな気がするが、細い体型なのは変わらない。
それにしても店内を見る限りでは、取り壊しが始まっていて、明らかに改装するっぽい様相を呈している。
不思議なのは店員の出迎えも無く、自分たち以外の客の姿が見えないことだった。
「改装中だから一般人は立ち入り出来ないってやつ? ホールにもいないし、キッチンにも人の気配が無いぞ」
「あぁ、それは違うよ」
「私から手短に話すと、湊くんがアルバイトをしていたこのお店は、閉店しちゃってるの。今は取り壊しにかかってるわけ! でも、料理を作れる人間なら今回だけ特別に来てもらったよ。君も知っている子」
「取り壊し? あれ、そんなに売り上げが悪かったんでしたっけ? 池谷が一時期暴れたときもありましたが、それだけでお店が潰れるなんて……」
浅海と明海さんは俺の正面に座って、淡々と話を進めているように見える。
浅海がいるということは、鮫浜が近くにいるという可能性があるが、雨の日に言いに来たことを信じれば、鮫浜は来ていないのかもしれない。
「ほら、湊。黒すぎるコーヒーを運んで来てやったぞ! 時間が限られてんだから飲みなよ」
「し、しず……!? え、お前なんで?」
「悪ぃかよ……お前とここでバイトしてたし、いる権利があるんだぜ?」
「悪くないけど、お前、学園に残ってんの?」
「一応な。あゆのいとこだし……あたしは転校とかする意味もねえしな」
「な、何か言われたり、されたりしてないよな?」
「あん? あんた、変わらないね。心配性なのは分かるけどさ。あゆがあたしに何かするとか、そういう心配なら無用だよ。あゆはあんたも知っての通り、常に忙しい人間だからね」
まさか次は本物が登場か? とも心配したが、それはないようだ。
「軽めのモノしか用意できないけど、許してくれるかい? 湊」
「時間が限られているのはお互い様だしな。別にいいよ」
「すまないな。じゃあ、あたしがお手製でサンドイッチでも作って来るよ! じゃあ、待ってろよ」
「期待しとくよ」
明海さんは潰すとか言っていたが、そういうことなのか。
「まず、私と浅海の関係を教えるね」
「名前が似てるから姉弟とかってオチじゃないすか?」
「はっずれー! それは無いなぁ」
「湊……それは本当に無いよ。俺には姉も妹もいないからね」
「ですよねー……じゃあ、浅海に代わって明海さんが鮫浜の護衛?」
長いこと浅海は、鮫浜の護衛を兼ねた付き人をして来た。
それだけに何かの不具合でも起きない限りは、交代は無いものだとばかり思っていたわけだが。
「それも違うよ。湊くんは年上女子の話を、最後まで聞くことが出来ない悪い子なのかな?」
「す、すみません……」
「うん、いい子」
「ぬぅ……」
嵐花の言うことを聞くのが当たり前になっているせいか、年上女子に逆らえなくなっているようだ。
「……湊、もしかして明海さんに惚れてるの?」
「――え? 私のことを?」
「ないないないない! それは無い!」
「……だよね。湊が好きなのは俺だけだし……」
いや、それも違うぞ浅海。
「否定しすぎなんじゃないの? 湊くん」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、それはこれからに期待するとして……私と八十島浅海は、鮫浜あゆの母親側についている人間なの」
「へ? というか、鮫浜の両親って存在してるんですか?」
「あははっ! み、湊はあゆさんのことを、どれだけ秘密組織の人間だと思ってたの?」
「ち、違うのか? 会ったことも見たことも無いぞ」
「そりゃあ、人前には滅多に現われない人間だからね。あゆさんに任せているっていうのもあるけど、母親……つまり、あゆさんの母君は割と表に出て来ているんだよ」
「へ、へぇ……そうなのか」
親の存在を一切明かすことが無かった鮫浜だったが、やはり両親はいるみたいだ。
「それと二人はどういう繋がりを?」
『へい、お待ち! 湊、あたしの手作りを味わえよ! あたしだと思ってな』
「それは食えねえよ!」
「ははっ、だろうな。ってことで、あたしは行くよ。ここで湊に出会えて良かったし」
「ん? どういう意味?」
「あたしは湊に告ったけど振られたからな。好きなのは変わらねえけど、思い出のこの店と共に、消しに来たってわけだ! じゃあな、湊!」
「え、おいっ! しずは学園に居続けるんだろ? また会えるよな?」
「……ま、そん時はまたな!」
転校して学園から離れたとはいえ、またいつ強制送還させられるとも限らない。
そんな時に知ってる女子がいないのは、寂しくなってしまいそうだ。
「しずさんは相変わらず、嘘がつけない乙女だね。湊が本当に好きなんだ」
「い、いや、まぁ……どうだろうな」
「ってことで、本題を戻そう。明海さんが話してくれるから、俺は出入り口を見張ることにする」
この時間のことも、鮫浜はお見通しなのだろうか。
だとすれば、浅海も明海さんも危険を冒しているってことになる。
「湊くん、このお店は鮫浜あゆ指示のもとで、取り壊すことが決まったの。お店はそれまで、何事もなく続けて来れていたけど、彼女の中に君との思い出を残したくないってことみたい」
「そこまで俺のことを嫌って?」
「そうじゃないです。彼女は湊くんを脅威に感じている。強さだとかの脅威ではなく、心を乱されることの脅威をね……」
「で、でも、俺は振られましたよ?」
「だからだよ! 湊くんは彼女にとって、危険な人。知られたくないことまで知られてしまいそうになったことが、彼女の中では脅威になった。散々、湊くんの心を乱した彼女が……ね」
「よく分からないですけど、何で振って転校までさせておいて、まだ俺を追っかけてるんですかね?」
「……そういう人としか。近付かれるのは嫌だけど、気にして欲しいって願望がある人だから」
いやいや、怖いって。
そこまで闇を抱えている彼女のことは、さすがに追いかけようとは思わない。
しかし権力を行使させられて、転校させられたのは事実なわけだし、どうすれば解決できるのか。
「でもね、鮫浜あゆ……彼女が君を、今の学校に転校させたのには理由があるんだ」
「え?」




