163.為すがままに、修羅場を作る…… 後編
「ここが高洲と妹の部屋だから、入ってすぐに脱いで。沸かしてるから」
「い、いや、さすがに一人ずつだろ?」
「……わたしは構いませんよ? お風呂のことですよね」
「そう。早くしてお湯も電気も無駄にしない!」
「はぁ、すんません……俺はいいから、姫ちゃん行ってきなよ」
「えーと、すみません。後で入りますので、この家の方に譲ります。どうぞお先に……」
「うん、分かった」
聞き分けのいい姫ちゃんとは、随分と珍しい気がしたけど疑っても仕方ない。
みちるは返事を聞いて、すぐに風呂に向かって行った。
それはいいとして、いや、それを初めから狙っていたんだなと、油断していたことに気付くも遅すぎた。
「と、とりあえず座って待ってようか?」
「……」
「うん? 座らないの?」
ヒラヒラフリルのワンピースを着ている姫ちゃんはどういうわけか、壁に寄りかかったまま座ろうとしない。
ちなみにだが東上学園は制服を着ていたが、今の学校は制服無しの私服学校だったりする。
学校名は鮫浜指示により非公開という、何とも言いようのないふわふわ感があるが、気にしない。
座らない姫ちゃんは、無言のまま先にあぐらをかいた俺を、ジッと見ている。
「……湊さん、はい」
「はい?」
はいと言われて目の前の差し出されたのは、何故か姫ちゃんの足だった。
「え?」
「……これからお風呂って言ったじゃないですかぁ……だから、あの人が呼びに来るまでに脱がしてください」
「ふぁっ!?」
「驚く時間はありませんよ? まずは靴下を脱がしてください……」
何故俺が……などと疑問を浮かべても、彼女がこれを考えてみちるを先に行かせたのは、想像に難くない。
二人だけの狭い空間で、これを拒むことは出来ない何かを感じてしまった。
「じゃ、じゃあ……」
「……早く」
お嬢様でもある姫ちゃんにこういうことをする抵抗感が無いのは、雰囲気がそうさせているのかもしれないが、するまで許さない空気感が漂っているのもあるかもしれない。
スルスルと真っ白な靴下を脱がすだけなのに、妙な緊張感があった。
「湊さんの指がこそばゆい……」
「ご、ごめん」
「それじゃぁ、次……スカートをお願いしますね? クスッ……」
「それは駄目だよ、姫ちゃん……」
「どうしてです? 下におろすだけじゃないですか……簡単、ですよ?」
「俺が簡単じゃないよ!」
靴下程度なら言うことくらいは聞いてあげようと思って、脱がせた。
これは親戚の女の子の靴下を穿かせる行為と、同じだと思ったからだ。
「……脱がせたからって、すぐに下着が見えるわけじゃないです。だから、やってください」
「ほ、本当に? そ、それならやるけど……あまり困らせないでね?」
「クスッ……、もちろんです」
スカートを外すだけなんだと、俺自身に言い聞かせてフリルスカートに手をかけた。
「……湊さんに脱がせてもらえる……嬉しいです」
「え……いや……」
手をかけた場所は細い腰の辺りだったわけだが、そこから勢いよく脱がすことが出来ないままでいる。
「湊さん、どうぞ?」
「そ、そそそ、それじゃあ……」
『高洲……そういうこと?』
あぁ、ですよね。時間をかけたらそうなるよね。
カラスの行水並に、風呂から上がって来るのが早いみちるの声が、俺の手を止め、姫ちゃんの動きも止めた。
大きめのバスタオルだけで隠しているみちるの全身姿は、明らかに姫ちゃんの逆鱗に触れたらしい。
「あ、いやっ! そういうことじゃないからね?」
「な~んだ、案外……そうなんですね? 無関心見せておいて、湊さんが気になるとか? そうじゃなきゃ、そんな姿で出て来ませんよね」
「ちょっと、姫ちゃん?」
「本当は私に来て欲しくなかった……違います?」
「……」
何でこの子は攻撃的なんだ。
みちるが俺のことを気にしているだとか、そもそもこの子はそういうことに気付いてもいないのに。
一体何を言っているのだろうか。
「……高洲、風呂に入って。泊まるなら、妹も入る」
「あぁ、姫ちゃんが先に入るよ。俺は帰るから」
「湊さんが帰るなら私が入る意味はありませんから、私は失礼します」
「……? 妹は入らない? 高洲は入る? 帰る?」
「え、えーと……」
俺がはっきり言えばよかったと後悔したのも束の間、初動が遅すぎた。
『バチン!』
「ひえっ!? ひ、姫ちゃん! な、何を……」
「わたし、ハッキリしないさせない人間が嫌なんです。それは湊さんも例外じゃないです! この人、間違いなく、湊さんのことを気にしています。そうじゃなきゃ……」
「……ご、ごめん」
「……湊さん、帰ります。送らなくていいので、もっとわたしを気にして下さい!」
「あ、うん……」
姫ちゃんは、脱がされた靴下を手にしてすぐに家を出て行ってしまった。
「高洲、頬に衝撃が来た。見て?」
「痛い?」
「……それなりに」
ほんのり赤くなっているみちるの頬を、何気なく触れて確かめてしまった。
それなのに、みちるは俺の目を逸らさずに見て来る。
「いや、痛いに決まっているよな。ごめん、叩かせてしまったのは俺のせいだ」
「……? 今のは高洲のせい? それとも妹?」
「んん……俺かな」
「そう。風呂は?」
「俺も帰るよ」
「バイトは高洲だけでいい……?」
「あぁ、そうなるかな。詳しくは夏休み入ってからで頼むよ」
「分かった。じゃあ、また」
姫ちゃんを怒らせてしまった。
期待させた彼女に、そうさせることが出来なかったのもあるかもしれない。
嫌われてしまったのかもしれないが、次に会った時に謝るしか無さそうだ。




