16.残念な美少女は何かと戦っているらしい。
入学と同時にファミレスでバイトを始めた俺は、そこで仕事を教えてくれた入江真魚という先輩に出会った。彼女は俺の一つ上であり、同じ学園に通う人だということも後で知った。同じホールの仕事ということで距離が近い上に、仕事の出来る綺麗なお姉さんといった感じだった。仲良くなるのも早かったし、何度か一緒にコーヒーを飲んだことがある。バイト先だから何ら怪しく見られないのも悲劇の始まりだった。自分という男は、どちらかと言うと綺麗な人がタイプであり、それに加算してバストサイズにもこだわりがあったのだが、入江先輩は全てクリアしていた。そうなると一番仲が良かったことで大いなる勘違いを抱き、暇な時間帯……つまりバイト勤務時間中に、告白をしてしまうという行動を起こしてしまったのである。
「高洲君、あんまりそういうこと言うと、言葉が軽くなるよ? それにバイト先、しかも仕事中に告白は頂けないかな。君のストレートな気持ちは嬉しいんだけどね。心が見えない気がするっていうか……そういうことだから、出直してね」
「は、はぁ……でも、好きなのは本当で――」
「うん、気持ちは受け取ってるけど、お返しはここじゃしたくないよ。とにかくそういうことはやめてね」
「す、すみません」
これは俺の初の失恋と言っていい。じゃあ初恋はいつなのかって話だが、小学校に上がる前に、そんな子がいたようないなかったような気がしたが、今となっては大したことは無い。それでも何度振られても、俺が綺麗な人を好きなのは変わらなかった。今では告白が先輩への挨拶代わりになっているが、俺はやはり彼女が欲しいのだ。綺麗な人に見合うために、姿勢を正す特訓もしたしボイトレも実行した。結果は現在に至り、ファミレスを訪れる女子連中は、外から見た俺の背中に何かを期待して店に入って来るが、彼女らは一斉に「ちっ……無駄足だった」などと、俺の心の傷を広げていく日々を繰り返してくれた。
だが全ては、綺麗な先輩に見合う為のことであり、他のどうでもいい女性客なぞは眼中に入ることは無かった。ボイトレの効果も出始めた辺りから、俺の周り……主に学園の女子連中からは、高洲の背中とイケボになら抱かれてもいい。などと、奇跡的な評価が出始めた。1年夏現在で抱かれた女子は誰もいないけど。
「ふぅ……」
「なんだ? 高洲はまだ入江のこと、諦めてねえの?」
「諦めるつもりは無い! けど、今は先輩ってか、綺麗すぎる美少女問題が勃発中だ」
「そんなに綺麗なら何も問題ないだろ? お前、綺麗な女が好きな奴なんだし」
「問題ありまくりだから問題だ」
「はぁ?」
とまぁ、いつも無駄に話しまくる奴と、客が一時的にばったり来なくなる時間帯の店内を眺めながら、そんな話をしていた。職業体験の中学生女子たちも暇な状況に飽きてしまったのか、休憩室に籠りきりである。それでも時々は俺の傍に来たいのか、池谷姫ちゃんだけは、姿を見せたりする。
「あのツヤツヤな黒髪で上目遣いの女の子に告られたんだろ?」
「まぁな」
「でも返事はしなかったと。勿体ねえな」
「あの子だけだったらいい返事を返した。だが甘くなかったんだよ」
「何だそりゃ? ってか、高洲。店外に極上な美少女がうろうろしてんぞ? 一人みたいだが、恥ずかしくて入れないのかな」
「極上の美少女? 外見は?」
「よく見えねえけど、スラッとしてるな。黒髪で長髪だ。ちょうど胸の辺りまで伸びた髪だ」
駅前のファミレスなら、どこかに寄ったついでに立ち寄ってくれるかもしれない。それこそまだ見ぬ美少女が。しかし外見だけを聞いている限りでは、とてつもなく嫌な予感しかしないのは何故だろうか。しかもここには、妹ちゃんが来ているのだ。方向音痴なあいつでも、妹サーチとやらでここにたどり着けるかもしれない。
「な、何か不審な動きをしているな。高洲、お前ちょっと外に出てくれ」
「何で俺が?」
「美少女が大好きなんだろ? だから高洲が行くのが適任だ」
「それを言うならお前だろうが!」
「もしかしたら店内に誰も客がいないから入りづらいのかもしれんし。だから何か知らんが、さっきからこっちをやたらと見まくってんだよ」
もう確定だな。俺の背中が邪悪な気をビンビンに感じまくっている。まぁ、邪悪というほどではないけど。放置しとくのがベストなのだが、あまりに放っておくと何をしでかすか分からん。仕方がないな、全く。
まるで終末のような夕焼けに差し掛かっていることもあって、池谷は周りのことをあまり認識出来ていないようだ。それなら店員らしく客を迎えてやることにした。
「いらっしゃいませ、お一人で間違いないですね?」
「そ、そんなことはないわ。わたくしにだって、連れの一人や二人くらい……」
「申し訳ありませんが、あなたにしか見えないお連れ様は案内のしようがなく……入るならさっさと入れ!」
「な――! なんて無礼すぎる店員なのかしら! 店長をお呼びなさい!」
「マジで気づいてないのか? さより」
「そ、そのいかがわしい声は、湊?」
「お前の中で俺の声はどこまでおかしくなるんだ。てか、何してんのお前。姫ちゃんならもうすぐ上がるけど。お前が社畜の親父さんの代わりに迎えに来たんだろ?」
「しゃ、社畜? 何の動物のことなのかしら?」
「――いや、俺が悪かった。お前、世の中のことを知らない可哀想な子だったな。すまん」
お嬢様は偽物というか、さよりの自称によるものだったが、世の中のことを知らないのは事実のようで、常識はもちろんのこと、実は恋愛経験はゼロだということを放課後に知った。アニメでも何でも見るのは自由だが、それをそっくり信じるのは危険すぎる。もしかしなくても、手を繋いだだけで子供が出来るとか思い続けているんじゃないだろうか。それで子供が出来るなら未来は明るい。
「今はあなたにかまっている暇なんて無いの。とにかく、店長を呼びなさい!」
「お前もしかしてクレーマーか? ドリンクバーだけ頼んだ奴がクレーム付けるとか、そりゃああんまりだろ」
「湊では話にならないわ! 悪いけれど、お店の中に入らせてもらうわね」
「そりゃあ、入るのは自由だけどな。お前、客だし」
聞く耳持たず状態で、さよりは店の中へ入っていく。美少女を待ち望んでいた名も無き同僚は驚きながらも、奥の部屋へ丁重に案内をしているようだ。どうやら真面目に会いに来たらしい。妹が心配しすぎて乗り込んできたか?
「高洲、お前アレ……あの美少女! 前に見たことがあるというか、来てたよな? な?」
「落ち着け」
「極上すぎるなマジで! 世の中捨てたもんじゃねえな」
いや、捨てられまくりだと思うぞ。しかし本当に何しに来たんだアイツ。妹のことじゃないのか?
「高洲くん、ちょっと事務所に……」
「あ、はい」
副店長に呼ばれてしまったので、店長のいる事務所に行くことになった。やはりクレーマーか?
「お初にお目にかかりますわ。高洲湊さん。わたくし、今日からこちらでお世話をさせて頂く池谷さよりと申しますわ。あなたのことは先輩とお呼びすればよろしいのかしら?」
「な、なにっ? ちょっと、店長?」
「高洲君。いやぁ、こんな綺麗な子がウチでバイトをしたいと直談判しに来たんだよ。こんな綺麗な子がホールに出たら、お客さんが来放題だよ! スゴイ幸運が舞い降りてきたよー!」
俺は責任取れませんよ? 幸運どころか不運と不幸と、男の客しか来なくなるんですよ? いいんですか? 一番の問題は店の損害がどれくらい膨れ上がるかだ。コイツに接客なんて任せられるのか?
「お前、俺のバイト先を潰しに来たのか?」
「な、何を言うのかしらね。わたくしは、ただ単に、妹に出来て姉に出来ないことはないってことを証明しに来たに過ぎないわ。そうすればわたくしを小馬鹿にする下等生物もいなくなるはずですもの」
コイツ、実は俺にバカにされたりしてるのを気にしてたのか? いや、俺は下等生物じゃないけど。綺麗系しか採用しない店長を知っていたとしたらただものじゃないな。いずれにしても、鮫浜の目が届かない場所で池谷と会うことになりそうだ。何を考えているのかさっぱり分からないが、ファミレスが閉店しないことを祈るとする。
「わたしは負けたくないわ」
「よく分からんし無駄なことだし、意味もないだろうが頑張れよ?」
「ふふっ、当然だわ」




