155.妹ちゃんは構われたい
『湊くん~! こっち、空いてるよ! 早く来て』
ちょっ! 思いきり注目浴びまくってるんだが……それもほとんどは野郎ばかり。
野郎だけならともかく、この時期はまだ一年生の女子も多い。
予想はしていたが、当然のように姫ちゃんの姿も見えていて、俺を見る目がとてつもなく怖く痛く感じる。
昼休み時間に入るとすぐに、明海さんは声をかける間もなく一人でさっさと学食に行ってしまった。
その正解が、まさかのいい席占領とか、年上女子の行動力恐るべしである。
「こ、困りますよ。目立つの嫌いなんすから」
「あのねぇ、湊くん。キミはそうかもしれないけど、キミってすごく目立つ男の子なの! 特にその背中! シャキッとしなさい!」
「え~? そんな親みたいなこと言われても……うっ!?」
「――今、なんて?」
「な、何でもないですよ? はは……い、嫌だなぁ。物のたとえじゃないっすか」
何だろうか、この一気に寒気を感じる怖さは……
嵐花と同じで、年は一つ上のお姉さんかと思っているが、まさかもっと上だったりするのか?
それにオンとオフの切り替えといえばいいのか、感情の起伏が激しいのは誰かに似ている。
「……ふふっ、驚いた? 驚いちゃったかな?」
「ほ?」
「私さ、冗談を真に受ける女子なんだよねぇ。湊くんがそんな酷いことを言うなんて、ちっとも思ってないけど、けどね、駄目だよ? デリケートなんだから! たとえだとしてもお姉さん、悲しくなるよ」
「ご、ごめんなさい……」
「こっちこそ、ごめんね? と、とにかく、お弁当食べて?」
明海さんのことは、当然だが全く分からない状態だ。彼女が転入して来てから、それほど時間が経ったわけじゃない。
それにしたって、内に秘めてる本質ともいうべきなのか、妙な迫力がある。
令嬢の嵐花とは違う何かが明海さんにはありそうだが、普通に話をするだけだと分かりようもない。
「じゅ、重箱っすか!?」
「うんうん! たんと食べてね!」
「え、これ……明海さんが作ったんですか? 今日の為だとしたら、何だか悪いですよ」
「遠慮しないでね。それ、業者が……ごほん! 私が作ったのは一部だけだから」
「な、なるほど……慣れ親しんだ味がするのもあるのは、そういうこと――」
「……」
「あ、いやっ、美味いですよ!」
俺と話をする為に、わざわざ席を確保して、重箱弁当で時間をかけて食べさせようとしているのか?
「彼女とはどうして別れたの?」
「もぐっ……んぐっ!? え? と、唐突っすね。あれ、俺言いましたっけ?」
「ううん、言ってないし聞いてもいないよ。でもさぁ、湊くんは東上学園からの転校生でしょ? だったら、誰かと付き合っていてもおかしくないかなって」
「んぐっ……んぐ……ぷは~……いや、すんません。学園にいたって、付き合えるわけじゃないですよ? 明海さんが学園のことを知っているってことは、学園にいたってことですか?」
「……どうかな」
何が言いたいのか、そして俺とどうしたいのか、言いづらそうにしているように見える。
「湊くんさえよければさ、私と付き合ってくれないかな?」
「お、俺とですか? 大して話もしてないし、明海さんのこと良く知らないすよ?」
「知ってから付き合ってもいいんだけど、湊くんは何気にモテてるみたいだから、うかうかしていられないなぁって」
俺がモテている……だと!? そんな実感持ったことがないぞ。
学園にいた時は、そもそも隣馴染みの二大美少女が絡んで来ただけだし、先輩たちは声に惹かれただけだしな。
付き合えたと思えば、振られた挙句に追放とかあんまりだろう。
「……気のせいですよ。俺は知っての通り、イケメンではございません……自分で言いたかないですが……」
「もっとキミは自分を知るべきだと思うなぁ……さっきから凄く痛い視線を感じてるから、分かるんだよねぇ……そこにいる子から――」
「へ?」
明海さんと向き合って座っている席は、奥の方で目立つことは無かった。
しかし俺よりも先に、明海さんは彼女の視線をずっと感じていたらしい。
明海さんが顎で示した場所にいたのは、姫ちゃんだった……薄々は感じていたが、空気感が違う。
「――湊さん」
「は、はい」
「その人は同じクラスの人ですか?」
「うん、そうだよ。転入して来たばかりで、話をしていたんだよ」
「転入? その人が湊さんのクラスに……ですか?」
「それがどうかしたの?」
「え、だって、その人は年上の……」
おぅぅ!? それを言っては駄目じゃないか! 姫ちゃんも容赦無いな。
『湊くん、この子は後輩の子? 年が上だからって、転入しては駄目とはどこも書いていないはずだけど、おかしいかな?』
「お、おかしくないです! 俺の隣に座っている女子も年上ですから」
『だよね? あぁ……年上とかっていうより、湊くんと一緒にいるのが気に入らないのかな?』
姫ちゃんも物怖じしないが、明海さんも応戦するとか昼時に勘弁して欲しい。
「ひ、姫ちゃんは俺に用があるんじゃなかったの?」
「湊さん、あの……」
「うん?」
「――寂しいです。だから、触れてくれませんか?」
ナンダッテ? 触れる……? 学校の中の学食の昼飯時に何をしようというのかね。
「い、いやいやいやいや! そ、それはまずいよ!」
「……? 何を想像しているんですか? 触れるって言葉に過剰反応しすぎですよ、湊さん」
クスクスと笑いながら舌なめずりとか、そういうことを悪気無く見せる辺りが確信犯じゃないのか。
「ど、どこに触れようか?」
「頬でいいです」
「ほ……頬に手を当てればいいんだよね?」
「はい。それで満足しますから」
「じゃ、じゃあ……」
何故か目を閉じる姫ちゃんは、頬に伸ばした俺の手が顔に近づいたところで、目を大きく見開いた。
「うわあ!? な、なななな!? 何してんの、姫ちゃん」
「湊さんの手が伸びてきたので、頬にじゃなくて口を付けたくなったんです。いけませんか?」
「……それは、その……」
頬に手を当てるだけならと迂闊に近づけた俺も悪かったが、手のひらがまさか、姫ちゃんの唇に行くだなんて予想もしていなかった。
「ん、んっ……湊さんの味がします……」
『う、うわぁ……この子、そこまでする子なんだ……』
明海さんが唖然としながら事の成り行きを見ている中、姫ちゃんは奥まった席に乗じて、大胆過ぎることを続けて来る。
「ス、ストップ、ストップ! そこまで! き、汚いことはしちゃ駄目だよ」
「汚くなんかないですよ? 湊さんの手だから。それに、寂しいです。もっと、わたしに構って欲しいです……湊さん、優しいのは分かりますけど、さよりにばかり構っているのは嫌です……」
「さより? そこまで構ってるつもりはないけどなぁ……」
「全て見てますよ……わたし、取られたくないです。さよりも、年上も、そして鮫浜にも……」
「い、いやぁ、俺、振られてるからね。鮫浜とは会ってもいないんだし、それは無いよ」
「……」
姫ちゃん的には、恐らく鮫浜のことがよぎっている状態なのだろう。
さよりのことに関しては、姉妹の中が悪すぎるからだと思われるが、その他の女子はまだそんな気配でもないわけで、好きになりかけではあるが……
『鮫浜……ふぅん? その子、あの鮫浜の令嬢が気に入らないんだね』
「え? 明海さん、鮫浜を知っているんですか?」
『鮫浜グループは大きいからね。もちろん、他にも令嬢はいるんだけど……鮫浜は別格』
「そ、そうなんですね……」
普通の高校にいる限りでは、鮫浜の権力に関係しないだけにすごいかどうかを知る人はいない。
しかし明海さんは外国に行っていたらしいし、どこから転入して来たかも聞いていないだけに、鮫浜のことを聞くのは危険だと思ってしまった。
「湊さん、とにかく……わたしを構ってください! わたし、戻ります」
「あ、うん。そうする。またね、姫ちゃん」
「はい!」
鮫浜あゆのことを忘れることが出来ないのは、俺だけじゃなかった。
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