149.意味深な浅海のち、強制的に乗られる件。
突然の浅海出現は色んな意味で、さよりがこの場にいなくて正解だと思ってしまった。
慌てふためく優雨はまたしてもワーワーと騒いでいるが、浅海は気にも留めていないらしい。
そもそも浅海が抱きしめて来る時は、大体が意味のある囁きをする時だと認識している。
『ワーワーワーワー! 湊くんがまたしてもハレンチだー!』
そして優雨の叫びは、さより並に語彙力が乏しいので、放置でオーケーである。
「湊に会えて嬉しいよ」
「お、おおお俺もだぞ」
「体が震えて可哀想に……俺があの女子を叱ってやろうか?」
もちろん、別の意味での震えなのは内緒にしておく。
「いや、そこまでしなくていい」
「湊は優しいね……変わらなくて安心する。でも……」
鮫浜は近くにいるのだろうか? それとも雨降りの中で一人だけ姿を見せたとか……
「あ、浅海はどうしてここに?」
「……俺は湊に会いに」
「違うだろ? 本当は鮫浜の命令で様子を見に来たんだよな? そうだと言ってくれ」
友達を疑うのは良くないが、鮫浜の護衛なのは本当だし、学園に残ったままなのは紛れもない。
「会いに来たのはマジだよ。まぁ、あゆさんが送り込んだ人間が、きちんと仕事をしているかを見に来ただけってところかな」
「や、やはり送り込まれていたのか……それも女子だと聞いたぞ」
「へー? それはチカという女がそう言っていた?」
「それも承知してるのか! その通りだけど、誰かまでは分からないらしい」
男の娘姿の浅海にはかなり慣れていたはずなのに、思いきり抱き締めれば細身の腰がやばいことになりそうなくらい、浅海は細すぎる。
『湊くーん! と、美少女さん! 注目浴びちゃうー! 離れた方がいいよー?』
空気すら読んでくれない優雨の大声が俺たちをハッとさせる。
さすがの浅海も羞恥心をさらけ出すつもりはないのか、俺の体から離れた。
「優しいのは湊のいい所でもあるけど、程々にすべきかな……女も男も、ね。帰る前にこれだけはしておくよ」
「ん?」
「……ちゅ」
「ひえええええええ!?」
「湊、また会いに来るよ。それと、俺はもう護衛じゃない……じゃあね、湊」
何だって? またも不意打ちな頬キスに意識がぶっ飛んでいたのに、意味深なことを言って消えるとか、勘弁してくれ。
ツンツンツン……
「んだよ? 優雨」
「湊くんは美少女さんにキスをされまくる運命なの?」
「そんな運命あってたまるか!」
「えー? 優雨にキスされたくないの?」
「お前は美少女ではなく、危険な妹キャラだ」
「何だよ~! ボクをいじめたらおっかない人が湊くんに迫って来るんだぞ? 今のうちに謝ってよ!」
「はぁ? おっかない人? お前の兄か? どれだけ怖いのか、一度くらいは会ってみても……」
いや駄目だ。何故に兄に会ってやらなければいけないのか、そこを良く考えて発言するべきだ。
「秋晴は怖くないし、ただのへりくつ野郎だから! 今度会ってよね!」
「会う意味がないから断る! というか、お前にとっておっかない人ってのは誰だ? 会わないけど」
「その人はボクのようなか弱き女子にも容赦が無くて、すごく怖いんだぞ! 美少女さんにキスをされまくっている湊くんは、その人に怒られる必要があるよ」
「友達でも無い口ぶりで言われてもな。そんな奴がいたら、泣いて喜んでやるぞ! ほら、優雨! 今すぐおっかない人を、この場に呼んでくれ」
浅海からのほっぺた不意打ちキスをされた衝撃。
これを忘れさせてくれる優雨には、密かに感謝するが、容赦のない人からお叱りを受けれるもんなら受けてみたいものだ。
「あわわわわわ……」
「何だよ? 俺の顔を見て何を――」
「湊くん、ボクは帰るから……バ、バイバイバイ~」
「何だぁ? 逃げるように走り去るとか、何かいるのか?」
こういう時は大抵、背後に恐ろしい形相で誰かがいるパターン。
それに騙されるわけには行かない俺は、後ろを気にすることなく、チャリに飛び乗って走り去ることにした。
誰も追いかけて来ている様子も無ければ、誰かがそこにいた気配も無い。
俺を騙すとはいい度胸だ。後で叱ってやらねば……
俺のチャリは改造をする前に戻してしまったこともあり、後ろに若干の重みを感じてしまうのはしょうがないと思っていた。
しかし――そういう重みでは無かったと気付いた時には、腰に謎の手がかかっていた。
「後ろを見るんじゃねえぞ? そのまま指示通りに走りやがれ!」
「そ、そのお声は……あ、姐御でございますか?」
「だから何だ? あ?」
「い、いつから後ろに……?」
「お前が慌てて走り去ろうとした時にだ。そう簡単に逃げられると思ったか?」
「い、嫌だなぁ……というか、姐御は帰ったわけでは無かったんですね」
「お前があたしの下着を見たのは事実だからな。待ち伏せして、連れ帰るつもりだったが……お前はどこまで節操が無い野郎なんだ! そういう男は教育してやろうと思ったわけだ」
なるほど、浅海のアレをばっちりと見られていたわけか。
ついでに優雨にした土下座もきっと。
「みなとは、あたしの家で監……縄でくくりつけて、みっちり教育指導してやるからな?」
「それは怪しい指導方法ですか?」
「あぁ!? ざけたこと抜かしてんじゃねえ! とにかく、お前は今夜寝ることを許さねえ!」
「……言葉だけ聞いてれば、ワクワクしか出来ないんですけど、そうじゃないんですね?」
「ちっ、サカリ野郎が! あたしは真面目なんだ。誰かれ構わずキスなんかする野郎にさせてやるものかよ! とにかく、早く漕ぎやがれ! 濡れちまうだろうが!」
「で、ですよねぇ」
これは思わぬご招待を受けてしまったようだ。まさか、姐御の家に強制的にお呼ばれコースかな?




