145.残念系美少女は妹想いらしい(ただし一方的) ②
教室にはそれぞれというより、さよりの席は廊下側、俺の席は窓側一番前ということで、俺だけが目立っていた。
「みなと! あのやかましい女は面倒ごとを言って来たのか?」
「そうでもないです。もしかして心配してくれたんですか?」
「あたしのモンにケチをつける奴がいた時点で、許せねえからな!」
あたしのモノ……か。鮫浜のあのセリフそのものだが、意味合いはまるで違うようだ。
「嵐花さんのモノってことは、恋人とかの意味ですか?」
「ばっ……バカ野郎! みなとには、まだ早すぎるだろーが!」
「はは、そ、そうかもですが、嵐花さんがその気になったらいつでもウエルカムですよ」
「ちっ……あたしを乱す奴は、厄介だ……」
本当にどこまで踏み込んでいいのか、分からない姐御だ。
それよりも、さっきまでウザいくらいに声をかけてきたお隣の明海さんは、沈黙していた。
ダブりの嵐花さんと違って、本当の意味で年上さんだから必死にノートを書いているみたいだ。
それはそれで、このまま大人しく放課後に突入出来そうだ……と思っていたのに。
「高洲、学食行くか?」
「やだよ。野郎だらけの楽園食堂だろ? そこに加わって戦う意思は俺には無いぞ」
「誤解を招くようなことを言うなよ。確かにうちの学校の学食は男率が高いけど、優雨さんも利用出来るくらいの美味しさは備わっているんだぞ!」
優雨さん……アレか。久しく忘れていたから、記憶から出すのに時間がかかってしまった。
「ボクっ娘は男に交じっても違和感ないだろ。学食にいても不思議は無いな」
「とりあえず聞いてくれ! 今は春だ。つまり、新入生は学食を利用するぞ! 男率を下げてくれるくらいの女子たちが、物珍しそうに来てくれる時期でもあるのだ。だから来てくれ!」
「何で学食信者になっているのか、意味不明なんだが……アレがいるから行きたいだけなんだろ?」
「それな!」
「分かったから、落ち着いてくれ鮫島」
「ういっす」
学園の時はほとんど女子だらけで、むしろアウェーだったわけで。
そういう意味では、普通高校の学食を恐れることなく利用出来るのはいいことなのかもしれない。
「あ、みな――」
廊下に出る時、さよりの声がしたかもしれないが、いつも相手が出来るほど暇じゃない。
ましてや、学食には優雨がいるとすれば、色々と面倒なことが起きること必至だ。
「どうよ?」
「どうって、何てことはないありきたりな学食だな。テラスがあるわけでもないし、女子だけの席があるわけでも……」
「高洲はどんな世界から転校して来たってんだ。テラスだぁ? もしかしてあれか? セレブか?」
「俺は庶民だ」
「じゃあアレか。高洲以外は、あの美少女さんみたいなお高い系って奴か」
さよりのことを言っているようだが、あいつはお高くないだろう。令嬢には違いないが、その成果は社畜の親父さんによるものだ。
「今日は俺が奢ってやろう! 好きなパンを最大二つまで買っていいぞ」
「パンはいくらだ?」
「一個60円だな」
「やっす! 二つしか奢らないとか、ケチぃな」
「高洲に言っておくが、俺は女子優先で女子……優雨さんの為にお金を貯めているんだ。言ってる意味が分かるな?」
「分からんが、言わなくていいぞ」
とてもキモイ回答が返って来るだけだ。
無駄な努力と言ってあげるのも優しさだが、熱が入りすぎている奴を敵にするのは賢くない。
「適当に座ってていいぞ! おススメパンを買って、戻って来るからな」
「あぁ。じゃあ、飲み物を買って来る。自販機はどこにある?」
「体育館側の廊下だ」
「あぁ、その辺は同じか。じゃあ行って来る」
鮫島はやはり、鮫浜とは無関係な野郎のようだ。
ということは、真面目に鮫浜の監視網は、俺から離れてしまったということなのだろうか。
転校を命じたのは鮫浜あゆであり、高校をここに指定したのも鮫浜だ。
いくら俺を振ったとはいえ、誰かしらの関係者を送り込んで来ても不思議ではないのだが。
トントン……
「ん?」
「湊さん、こんにちは」
「姫ちゃんか。こんにちは。で、隣の子は?」
「二度目まして、お兄さん」
「んん? 誰だっけ……」
「湊さん、お忘れなのですか? この子……いえ、この人は鮫浜あゆの送り込んだ妹ですよ?」
妹に見えるかどうかは置いといて、鮫浜あゆの刺客が今まさに!
「チカです。もう忘れ去られたんですね。悲しいなあ」
「チカ? あー……うん、忘れてるね。ごめん」
「この人は、もう鮫浜の手下じゃないんですよ、湊さん」
「うん?」
「でも、湊さんがこの学校に転校させられることを教えてくれたんです。だから、味方です」
姫ちゃんの情報網の出所が不明だったけど、そういうことか。
それにサラりと怖いことを言ってのける姫ちゃんは、やはり鮫浜に似た怖さがある。
「――湊さん、お昼をご一緒してください」




