143.思い出よぎりとお姉さん女子
「山女明海と言います。あの、みなさんより年が少し上ですけど、全然気にせずに話しかけてくれたら、その日のご飯が美味しく頂けちゃいます! よろしくお願いしますね」
どこかで聞き慣れたことのある名前で、しかも留学していた関係で真面目に年上だった。
彼女の実年齢は明かされなかったが、どう見ても年上のお姉さんにしか見えない。
とはいえ、ゆるふわパーマのロングな髪を一つに結んだいわゆるポニテのような髪型は、ドキっとしてしまう。
つくづく髪型で萌えるのは俺の悪い癖だ。
「明海……浅海……似てるな」
「湊くんは、出会ったばかりの女子を呼び捨てする男の子?」
「――ち、違いますよ? てか、いきなり目立ちたがり屋だったりします?」
明海とかいうお姉さん女子は、自己紹介を終えるとすぐに俺の机に手をついて、顔を近づけて来た。
「おい、そこの! ホームルームは終わってねえんだぞ? 早く自分の席に着きやがれ!」
「おっと、それもそうですね。ごめんなさーい! 番長さん」
「あ?」
「ま、まぁまぁまぁ……嵐花さん、転校生の言うことなんですから落ち着いて」
「みなとも愛想振り撒いてんじゃねえ! てめえはあたしだけ見てればいいだろーが!」
「でしたねー」
ダブり女子の嵐花さんは単なる姐御キャラかと思っているが、彼女の本心はよく分かっていないのが現状だ。
情報を持っていると豪語していた鮫島の奴は、優雨ごときを攻略することに精一杯らしい。
本人ではなく周りから固めてみれば、優雨との距離はかなり近くなると思うが、兄が果たしてどんな野郎なのか。
兄なんぞに興味は無いし、鮫島の恋路が進もうが退こうがどうでもいいが、嵐花さんを攻略出来るのかどうかは知りたい。
「みなと、さくらの話は一言一句聞き漏らすんじゃねえぞ! さくらのホームルームはタメになるんだからな!」
「もちろんですとも」
しかし姐御は真面目過ぎる。何故にダブっているのか、この学校の七不思議認定されてもおかしくはない。
「湊くん、シカトは悲しいな」
「へっ? って、隣すか? いや、いまホームルームなんで……」
「だからさっきから小声で声をかけまくっていたのになー……悲しいな」
「涙が出ない悲しさですね、分かってますよ」
「泣いてもいい? そうすると誰が困ることになると思う?」
「誰ですかね~」
「ふーん? 食えない男の子……かな。やる気出すかー奪うのが本業でもあるし……」
何やらぶつくさと言っている隣の明海さんは、少し鮫浜に似ている気がした。
鮫浜あゆ……か。付き合っていた期間は長くなかったというのに、彼女の近くにいた時は細かい仕草なんかにも、いちいち興味を持って眺めていたのを思い出す。
◇
「湊くんはわたしを見つめるのが好き、好きなのかな?」
「あ、いや、うん……あゆが俺の彼女なんだなーって」
「何故? 不思議なこと?」
「そ、それはそうだよ。学園を仕切ってるスゴイ女子な上に、さよりと並ぶ極上の美少女なんだよ? 俺なんかにどうして興味を持ったのかなって」
「湊くんはわたしのモノ。最初に言った、言ったはずだよ」
あゆが俺の部屋に不法侵入しだした辺りから、彼女の口癖は『キミはわたしのモノ』だった。
しかしその言葉の真意は未だに掴めていない。
「あゆのモノ……それなら、キミは俺のモノでもあるって認識で合ってるよね?」
「違う……」
「それこそ違うだろ。俺はあゆのことが知りたい。もっと知って、本当のキミを引き出したいんだ」
「……」
「お、怒ったのか?」
「怒ってない、無いけど……そう、キミはそういう考えを抱いているんだ。それは危険かな」
「うん?」
あゆに告白をして付き合うことになった。
俺に近づいて来た闇の美少女は、俺を助けたり優しくしたり……恐怖を感じたこともあったけど、彼女とその彼氏となれば、関係にも変化が生じるのだと信じていた。
「湊くんはさよりが好き?」
「嫌いじゃないな」
「あの告白、本当は……どうするつもりがあった?」
「告白?」
「わたしは見ていた、見ていたよ? さよりに告白して、すぐ振った。あれはどういう意味を持つ?」
「見たままだよ……その後の告白が、今の俺とあゆの関係に繋がっているじゃないか」
「――ん、そう……そうだね」
あゆのことが分からないとずっと思っていたが、あゆも俺の心が分からないとでもいうのか。
ずっと見られていた関係が、近くにいるというそれだけで彼女は戸惑っているのかもしれない。
「――湊くん、海に行こう? 浅海も連れて行く、行くよ?」
「あそこのことかな?」
「ん」
何て言っていた彼女とは、結局海に行くことが無かったわけで。
「鮫浜あゆ……か」
◇
「湊くん、わたしを呼んだ?」
「呼んでないです」
「キミって好きな女の子の名前を思い出したように、口にするタイプだったりするのかな? それだとしたら母性本能くすぐりまくりだよね」
「ノーコメントですね」
「可愛くないね」
「野郎は可愛いと言われて、嬉しく思わないもんですからね」
「格好いい……って言われたい?」
「俺は専門外じゃないすかね」
「素直じゃない子だね……」
隣に座っているお姉さん女子は、間髪入れずに話しかけて来る。
正直言ってうざいレベルだ。見た目がお姉さんしているだけに、邪険にも出来ないのが辛い所だ。
どうしてか、今頃になって元カノとなった鮫浜あゆを思い出してしまった。
未練が無いと言えば嘘になるが、忘れることなど出来るはずもない。
同居することになったみちるのこともあるし、女子を知って今度こそ、ちゃんと心の通じ合う彼女が欲しい。
「彼女……か」
「んー? 欲しいんだ?」
「そりゃそうですよ」
「そっか。それはいいことを聞けた」
「紹介してくれるんなら引き受けますよ!」
「そこは素直なんだ。そういう所は好きだなぁ」
ただし闇と病みを兼ね備えた、絶対権力チートな美少女は勘弁して欲しい。




