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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
第2部第1章:メモリーズリターン~カノジョになるにはまだ早い!

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138.自動追尾さよりと幻聴さん


 鮫浜と似たような名字だからなんだというのか。


 ちょっと、いや……かなり元カノの名前に反応しまくりな気がする。


「で、鮫島は今からバイト探しに協力してくれるのか?」

「何だ、やる気あるな……って言っても、まずは職員室に行く必要があるな」

「ああ、届けを出すとかだろ?」

「それもあるが、どこでバイトするかを伝える必要がある。高洲の前の学校はどうだったのかは知らないけど、うちの学校はバイト場所が指定されてるんだ」


 何という制限! 自由じゃないのか……


「――といっても、そういう意味じゃないぞ?」

「ん? 学校指定とか、学校お墨付きなバイトじゃないのか?」

「さすがにちげー! 要は学校から遠すぎなきゃいいだけだな。高洲は自宅から来てるんだろ?」


 実を言うとまさに現実は厳しいもので、自宅から歩いて通えないくらいここは遠い。


 鮫浜と付き合っていた時は、お迎えの車も来ていたことがあった。


 それなのに、今は残念なことに体力がモノをいう強制自転車通学。


 さよりの親父さんが一緒に送ってくれると言ってくれたが、さよりの隣に座るのも気まずいし、姫ちゃんも同乗しているというのが、俺的にキツかった。


 何よりも池谷家の車に乗るのは、色々な意味でとても危険だ。


「かなり遠いけどな。つまり学校に近いところでバイトしろってことだろ? 俺の家に近い所でバイトをすれば学校が疎かになりそうだしな」

「そういうことだ。ま、うちの学校の近くは商店街も近いし、そこでバイトするのが楽だと思うぞ」

「そうしとく。じゃあ今はいいや。急ぎでもないし、今日は大人しく帰る」

「椿さんのこと頼むぞ! 俺もネタを仕入れておくから」

「おけ。じゃあな、鮫島!」

「おー」


 俺の考えすぎか、鮫島は話せばいたって普通な奴だった。


 今は素直に嵐花さんのことを知るべきだろうし、バイトを見つけるのが優先事項だ。


 それともこの際、学校の近くに引っ越すのも考えねばならないかもしれない。


「そこの池谷! そこにいるのは分かってるぞ!」

「な、何のことかしら? わたくしは池谷であって、さよりでもあるのですわ! 出来ればさより……と呼んで欲しいのだけれど」


 何とも分かりやすい追いかけ方をしてくる。


 さよりと初めて会った時もそうだったが、学園への道順をしばらく覚えられずに、俺の後ろをこそこそと付いて来る女だった。


 それがきっかけで俺の背中は、さよりの気配を感じる特殊能力を得た――のは言いすぎだが、そんな能力など無くても分かりやすい追跡をしてくる。


「それで、池谷はお迎えは来ていないのか? 俺は体力がモノを言う自転車なんだが……」

「お迎え? わたくしはまだあの世に行くわけにはいかなくってよ! 全く失礼な男ね」

「……池谷は弱いな、本当に。残念な部分はお変わりなくか」

「ふふん、それはお互い様というものだわ! 湊だって残念な所ばかりで笑ってしまうわね」

「池谷がそれを言うのかよ」

「ち、違うもん……」

「何が?」

「そ、そんな他人行儀みたいに池谷って呼ばないでよー! バカー!」

「いや、他人だし」


 たかが名字呼びをしているだけで駄々っ子開放とか、油断しまくりか。


「わたくしだって高洲と呼んであげてもよろしくてよ?」

「それでいいぞ。いや、そっちの方が過ごしやすい学校生活になるな」

「嫌! 高洲だなんて、そんな他人……距離を感じるようなことを言わせないでよ!」


 さよりの甘えとかの表現は、俺が鮫浜に振られた直後辺りから露わにしてきた。


 嫌いではないが、以前に比べれば好きという感情は俺には無い。


 さよりと話すのは楽しいし、同じ転校生仲間だから安心感はあるが……いや、安心は出来ないか。


「……好きに呼んでいいが、TPOはわきまえてくれよな」

「てーぴーおー? そ、それはどんなポイントなの?」

「ポイント? お前それ……ま、いいや。じゃあなー」

「え、わたくしを後ろに乗せてはくれないの?」

「タイヤの上に座りたいのか? 俺のチャリは完全に通学戦闘タイプなんだが……」

「あっ……そ、そうね。遠慮させていただくわ! そ、それじゃあね、湊」

「あぁ、またな」


 またねと言いながら、チャリ姿の俺が見えなくなるまで見送りしているのは何とも切なくなる。


 普通かどうか分からない高校からの道のりは何とも厳しいもので、ひたすら湖沿いをチャリで漕ぐか、迷路のように変わり映えの無い住宅地を進むか、とにかく川を渡る為の橋を何本も通る道のどれかだ。


 一番近いのは、自宅と高校を見事に隔てている川を渡るルートになるが、交通量が多いので少ない方の湖沿いを選択した。


 そうなると、住宅地よりもさらに変わり映えの無い広いだけの湖を眺めながら漕ぐしかなくなる。


『あぁ……だるい。遠すぎる……マジで引っ越したい』とチャリを漕ぎながら、独り言が増えた。


「……家、借りたいですか?」

「ん?」


 疲れすぎて耳から、聞き慣れない女子の声が聞こえて来ている。


 学校から結構離れ、それでも家までまだまだかかりそうな辺りの公園で休んでいると、幻聴らしき声が俺の耳に届いて来る。


「借りますか? 家」

「タダなら借りたいもんだな」


 ありもしない夢みたいな幻聴も、さすがに返事を返して来ないようだ。


「――貸しますよ? あなたなら付き合えそうなので」

「声だけで言われてもな。姿を見せれるもんなら見せてくれ。見せれるもんならだけど」


 下見で学校に来るのと、授業を受け終えてからのチャリ漕ぎの疲れは比べようがなく、相当俺は疲れていた。


 この際幻聴でもいいので、家を借りたいと言い切ってしまった。


「学校の近くにそういう家があるんなら、借りたい!」

「分かりました。それでは、明日職員室で説明をします。あなたのお名前は?」

「浮……おっと、偽名癖が……俺は高洲湊」

「じゃあ明日」


 結局声だけしか聞こえずに、疲労困憊状態で家にたどり着いた。


 家から遠すぎる高校に転校させたのも、鮫浜からの試練だとしてもそれはきつすぎだ。


 とにかく明日何かに期待して職員室に行ってみるしかないが、ただ一つの救いは、幻聴さんは声が可愛かったのが良かった。

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