124.さよりさんは寂しがり屋のようです。後編
「もしかしなくても結構前から外にいたのか?」
「そ、そんなことないわ」
いや、どう見ても相当前から外にいたよね。今はまだ冬じゃない。だが夏に比べると、朝はだいぶ冷え込んできた。ポケットに手を突っ込んで……なんて、お行儀の悪いことは絶対しないさよりさん。
何が偉いかって、俺なんぞを待つためだけにお行儀よく、何ともおしとやかな姿勢でお待ちいただいておられることだ。感服しちゃうぞ。
その姿勢が疲れと寒さで、しょんぼりした感じにまでなっていたのだから心配にもなったわけだが。
思わず玄関での自分の靴を揃えてから上がってしまうじゃないか。とは言うものの、さよりは「そういうのはわたくしの役目なの」などと宣言して、嬉しそうに靴を整えてくれるという何ともいい子。惚れますね。
「今日も誰もいないのか?」
「う、うん。お父様は相変わらずだし、お母様も多忙を極めているわ。姫は最近、あなたの仮妹……ううん、あゆの妹と一緒にお出かけすることが増えたわ」
「さよりは嫌じゃないのか? すっかりと妹ちゃんとの添い寝生活が通常になってきたんだが……」
「――わたくしにもしてくれる?」
「ん?」
「今日はお家に誰もいないし、帰って来ないわ。だ、だから、添い寝を……」
「夜でもないのにか?」
「別に熟睡するわけじゃないわ。傍に……ではなくて、あなたの背中を間近で確かめたいだけよ」
背中フェチは健在か。まぁ、昼を食べて昼寝程度ならそれくらいはお安いのだが、問題は昼だ。実のところ、すでに何度かさよりの家に来てはいるが、昼飯は姿の見えない母親か姫ちゃんが作ってくれるというご褒美的なモノが発生していた。しかし、さよりは料理が出来ない。そこが最難関でもある。
「昼はどこか行くか?」
「だ、駄目……時間が勿体無いもの。つ、作る」
「ナンダッテ?」
「わ、わたしが作るもん……だ、ダメ?」
えーと、俺と同じくらいの身長のさよりさんが、体をくねらせて上目遣いとかどこで習得をしたのかな?
「それは人間が食せるものか?」
「……あ?」
「あ、うん。ワカリマシタ」
「湊は黙って座っててね? まずは塩と砂糖を探すわ!」
「何? 今なんと?」
調味料を探すところからという時点で、料理じゃないよね。ここは心を鬼にして、今のうちにコンビニでも行くとするか。それが安全かつ、時短だ。
そう思って音も立てずに玄関へ向かったのだが、俺の身体が何かに引っ張られて動かない。金縛りか?
「い、行っては駄目。行かないで……お願い。寂しいの――」
「もちろん、行きませんよ? ちと、外の空気を吸いに行こうとしただけだぞ」
仕切り直しで、靴を履こうとしたのだが、さよりさんが俺の腰に手を回して来た件。
「やだ……一人にしないで」
「だから、数分間だけ出るだけで……ででで! イタタタタタ! た、たんま、ギブ……ギブアップ」
「い、行かない?」
「い、行きませんから、どうかお許しを……ぐふっ――」
「ご、ごごご、ごめんなさい! い、生きて」
何て怪力。池谷さん最強説が浮上しました。
「行かないでね? 一緒にいて欲しいの……」
あらやだ。この子、マジで寂しがり屋さんじゃないですか。こんな弱かったっけ、コイツ。こんなんでバトルロワイヤルとか出来んのかよ。ダメもとで禁句を言い放って、回し蹴りでも繰り出させてみるか。
「お前、そんなに残念なのか? お前って――」
「お前お前って、あとどれくらいわたしを怒らせるつもりがあるのか、言え!」
「よし、その意気だ。その意気があれば俺が外に出ても、一人で料理に集中出来るはずだ。じゃ、そういうことで――」
「いやっ……うぅっ……み、湊のばかぁ――わ、わたしを置いて行かないでって言ってるのに……」
あー……もうこれは本物だ。幼い少女に退化しちまったようだ。普段一人で部屋にいていつも泣いているんじゃないだろうな? こういう小動物には勝てない俺がいる。
「さより、もう昼はいいから添い寝する! 食わなくていいから添い寝だチキショー!」
「え? ええ?」
コイツはお友達だ。そう、友達なんだ。何だかとてつもなく悪いいじめをしてしまった償いをしてやらねばならないと思っただけで、そこには邪な気持ちなんてこれっぽちも無いのである。
「……」
「……で?」
「あ、あのあの……背中にくっついていい?」
「カモナベイビー!」
「は? バカなの?」
「ゴメンナサイ」
何故俺たちは真っ昼間から添い寝をしているんですか? そしてこれ自体に何の効果効能が得られると?
「ねえ、湊」
「何だ?」
「わたし、頑張る。けれど、もし負けてしまったら……ううん、湊とは運命なの。だから、湊はきっとわたしを探してくれる」
「ん? どういう意味で?」
添い寝の効果は本音を語るわけですね。こんなにゼロ距離だとオムネさんも密着しているわけだが、その恩恵は感じられていない。それは今は放置しておくとして、探すとはどういう意味だ?
「なあ、その意味は言えないのか? あゆと勝負してその結果次第では、さよりの身に何か起こるってのか?」
「あゆ? あゆって言った?」
「言ったけど、どうかしたか?」
「恐れていたことが起きてしまったのね……とうとう、あゆも下の名前で呼ばせているだなんて」
よく分からないが、下の名前で呼ばせていたのはさよりが先駆者。何を今さら焦ることがあるのか。
「み、湊、あの、頭を撫でたいの。だから、体勢を変えてわたしの方を向いてくれる?」
「なんだ、それくらいなら全然構わないぞっと……って――ま、まっ――!」
「――湊……っ……ちゅっ――んっ……」
息が出来ん程の口づけではなく、まるで何かにすがりつくようなさよりの唇が、俺の唇にそっと重なっただけだった。あゆのソレとは違う口づけが何とも言えなくて、そのまま彼女の想いを受け止めるだけで精いっぱいだった。
正式に付き合っているわけでもない関係。それでも彼女は、俺を好きでいてくれているという現実。さよりじゃなく、あゆの方も悲しませるようなことになってしまうのだとしたら、俺は彼女なんて出来そうにない気がする。重なっただけの口づけが離れたと同時に、さよりは意外な言葉と表情を俺に見せた。
「ふふっ、変な感じね。これでもあなたはわたしを選ばないというのかしらね。でも、でもね、わたしの心、気持ちは揺らがないわ。わたしの心はわたしだけのモノなの。たとえ、どんな結果になろうともわたしはそのままなの。いいこと、湊。あなたはわたしとあゆ、他の子も含めて誰を選ぶのか、選ばれるのかを考えることね」
「選ぶ、選ばれる? な、何だよ、それ……どういう?」
「ありがと、湊。わたし、頑張るわ。それと、あゆにも寄り添ってあげてね? わたしはもう大丈夫。そ、それでも、バトルロワイヤルとは別にして、わたしのことは守ってくれてもいいんだからねっ?」
「お、おぉ……もちろんだ」
さよりは軽く重ねただけの口づけで、何かの決心を固めたようだ。守ると言えば、浮間の動きが気になるが、あいつのことはさよりに言うべきことじゃないだろう。
あゆにも寄り添う……か。窒息するほどのキスとか勘弁して欲しいぞ。それにしても、不覚にもマジ惚れしそうになった。さよりは案外、強い子なのかもしれない。そして添い寝効果、恐るべしである。




