123.さよりさんは寂しがり屋のようです。前編
「湊兄さま、起きて……起きてください」
「ん……んむむ――」
「起きないと、口の中に入れるからね?」
「むにゃ……んぐっ? ぐぐぐ……んがががが! い、息が……っておいっ!」
「あ、起きた。おはよです、湊さん。よく眠れたみたいだね?」
「いや、今ので永久に眠りそうだったんだけど? って、チカちゃんか? スゲー口の中が渇きまくってるんだが、何を入れてくれたのかな……」
「スカスカのマシュマロ。大口開けて寝る人珍しいなって面白く見えたので、入れてみた」
動画の検索ワードみたく『入れてみた』とか、この子も悪魔か? しかも朝からマシュマロって鬼かよ! そしてどうやら何事もなくあゆはお帰りになられたご様子。やはり妹のチカちゃんは実在していた。
「あゆじゃなくて、チカちゃんでFA?」
「合ってる。ってか、わたしは消えないよ? 最後にしたいのなら、あゆ姉さまに宣言してみたら?」
「俺の妹になってください」
「無理」
「ダヨネー」
「別料金が発生するし……」
「え?」
「うん、何でもない」
よく分からんが、鮫浜グループの中には妹派遣でも存在してるのかな? それはすごく魅力的なんだが。それは置いといても、俺の予想ではあゆがこのままチカちゃんと入れ替わって、俺の妹として同居するのかと思っていたのに、そうではなかったようだ。がっかりなんてしてないよ?
「湊さん、今日は姫と遊びに……というか、妹として監視しなくていい日なのでよいですか?」
「よいですよ。俺も土日はさよりと会う日だし」
「彼女じゃないのに会ってるなんて、湊さんって残酷男子だね。あっちがイイと思ってるなら別にいいけど、あゆ姉さまもいるのにそれって、いい気になりすぎじゃね? と、個人的に思いますよ?」
「口に出してる時点で本音だよね、それ。と、友達でも遊ぶでしょ? 彼女じゃ無くても会うよね?」
「……まぁ、ですけど」
言われてることの意味は分かる。分かるが、今は俺もさよりも『友達』として一緒にいるわけだし、なかなかその先となると上手く進まないし、進めなくなった事情があるわけで。
「ってことで、行ってきますね」
「いてらー」
あゆよりも距離が近いかというと実はそこまでじゃない。特に、さよりの中学時代と浅海とのことを聞いてからは、前よりも気軽な関係ではなくなった。嫌いじゃないのに、何となく気を遣ってしまう。
さよりも毎週月曜は、俺指名でファミレスの裏メニューを頼むとか、そんなことを言っていたのにあゆがいると分かってから、来なくなっていた。あゆは月曜のシフトに入っていないのに、それでも何となく来づらい思いがあったらしい。
そんなことがありつつ、期末対策もしてくれたこともあって、土日の土曜日は池谷家に行くようにしていた。玄関から外へ出ると、待ちくたびれた表情で何故かしょんぼりとしているさよりの姿があった。
「ど、どうした?」
「み、湊! あなた、遅刻だわ! 何をぼやぼやしていたというのかしらね」
「遅刻っておま……」
「んんっ! おま?」
「ナンデモナイデスヨ」
以前のさよりの禁句と言えば、残念から始まり、オムネさんになって……今は『お前』一択である。誰にでも当てはまることだが、お前という言葉は特定して呼ぶ以外にも、使い勝手がいいことから使うのであって、何もさよりにだけ多用しているわけではない。それなのに、それだけは何かが許せないようだ。
「さ、寂しかったんだもん……」
「もん……」
「と、とにかくっ、お家に上がって」
「お、おぅ」
あぁ、寂しがり屋さんなんですね、分かります。わがまま娘で高貴なお嬢様のようだが、本質はただの寂しがり屋なお子ちゃまである。こういう素を見せているのも、現時点ではたぶん俺だけ。高洲調べ。
池谷のお母様であるイサキさんは、社畜の親父さん同様に滅多に姿を見せない。それくらい普段は共働きで忙しいらしい。だから当然だが、俺とさよりの二人だけというのがまた何とも言えないものだった。
特別な意識はもちろん無いといえるが、それは友達としての距離であって、さより側が何かしらの意識を高めてしまった場合はどうなることか予想すら出来ない。単に家の中の彼女の部屋の中で愚痴を聞くだけなわけだが、そこが中々な難易度だということを彼女は知らない。
「湊、お昼は食べるよね?」
「あぁ、まぁゴチになるけど」
「うふふっ、やったぁ!」
何でこんなにもはしゃぎますかね。落ち着け俺。昨日は同じ寝床にあゆがいたのに、今日はさよりとかふざけんな! 俺。落ち着け、落ち着こうか。




