12.それが運命だというのなら、喜んで断ろう。
「――で、お客様がボタンを押したらここが光るから、そしたら注文を取りに行くんだよ。出来そう?」
「ボタンならいつも連打してた。けど、全然来なかった理由は?」
「ええ? それは俺からは何とも説明出来ないな。それは後で教えるとして、行けるかな? 姫ちゃん」
「余裕。だけどまずは、高洲が手本を見せろ。そしたらあたしもやる」
「あぁ、それはもちろん見せるよ」
「高洲は女はいるのか?」
「へ? い、いや、いないけど……」
「非モテか。可哀想だな」
確かにモテないけど中学生の女の子に同情されるとか、何でそんなことを言われねばならんのか。それは置いといても、まるでお人形さんみたいに肌白な子だ。発想はどこかの親父っぽくなるが、スタイルもいいし高校に上がるころにはモテまくりそうである。
おまけにナイスなのもいい。どこぞのお嬢様に比べても……いや、比べてはいけない。言葉遣いも男の子っぽいが、それはかえって萌えるかもしれない。店長の好みも関係しているのかは定かじゃないけど、どの子もレベルは総じて高い。ホールに立たせているだけなのに見惚れるくらいに可愛い子だ。
「注文」
「を、どうぞだからね?」
「を、どうぞ」
「いや、そうじゃなくてね……」
強がっていてもやはりまだ女の子だということに安心した。お客さんというより人前に出た途端、注文を取ることが出来ないくらいの緊張をしたようだ。言葉遣いこそアレだったが、学校とか家族以外の見知らぬ人に声をかけるのは難しかったんだろう。
それもあって伊達に数か月もホールにいたわけじゃないというくらいに、手本を見せまくった。
「ごゆっくりどうぞ」
……とまぁ、妄想と理想を膨らませつつ、ホールでのやり方やら実際の動きをして見せた。結果、ちょっとばかし想像の出来ない展開を迎えることになる。
「高洲。あたしの男になれ。そのまま嫁にしてもいい」
「いやいやいや、嫁になるのは俺じゃなくて、姫ちゃんの方だからね? それに今は仕事中だし、そういう話は冗談でもしちゃいけないよ」
「分かった。後でもう一度言う」
「はは、そうしてもらえると助かるよ。とにかく人前に出たらおしゃべりは駄目だからね」
「理解した」
偉そうなことを言っているが普段は半端なく私語している。それは後で謝るとして、俺のイケメンというアイデンティティと言えば、背中と声だけに限って来た。自分で言ってて泣きたい。
しかしまさかの告白を受けるとは予想出来んかった。もしや妹とか年下には哀れに思われて、逆にモテるのか。まだ職業体験に来ていて初日なのにそれはどうなのだろうか。仮に告白を真に受けて返事を肯定したとしても、姫ちゃんの家の人に半殺しにされるのがオチである。
それにしても決して指名制でもないのに、俺にぴったりとくっついているせいで他の体験中学生は話しかけても来ないし、近寄っても来ない。これが現実であり、姫ちゃんの告白とやらも恐らくは俺が心の中に飼っていた、理想と幻想と幻聴を具現化して表したものに違いない。
そうでなければおかしい話だ。俺なんぞが年下でなおかつ、可愛い女の子にモテるわけがない。
「えー、夜7時となりましたので今日はこれで終わりです。8時までにはみなさんがご自宅に着けるように、担当してくれた人が送ってくれるので、安心してくださいね」
そんな話は聞いていない。しかし毎日来れるわけでもない中学生を、送ることの出来ない心の狭い奴にはなりたくないものだ。
途中で休憩室に抜けていた姫ちゃんを探していると、友達らしき子と話をしているようだった。その会話が聞こえてしまったわけだが、俺の時とはまるっきり違う現実に驚愕してしまった。
「姫、どうだった? あの人イケボじゃん。顔はまぁまぁだけど、さすがにないかな」
「ううん、わたしあの人好きだよ。わたし、決めたよ。高洲を彼氏にする。仕事も出来るし背中がイケてるし、わたしの話す言葉遣いとかもスルーしてくれてるもん」
「早くない? 初日だよ?」
「もう告白したし、高洲も嬉しそうにしてた」
「そっか、姫が言うならいいんじゃない?」
「うん」
おや? もしもし? 普通に可愛い女の子してるよね。俺への話し方は何なの? もしや命令形女子には逆らってはいけない俺の弱点を知っているのかな? そんな個人情報を一体どこで知り得たのだろうか。
姫ちゃんは果たして名字なのか名前なのか分からんが、家に送って家の人にそのことを注意しておきたい。世の中舐めたらあかん! 一番舐め切ってる俺が言うのは許して欲しい。ちなみに送るといっても徒歩である。
「高洲。あたしの家まで送れ」
「あぁ、いいよ。と言うか、それが俺の役目だしね。次からはお父さんかお母さんに来てもらうことになるけど、初回は俺が送ることになってるからよろしくね」
「駄目。二回目も三回目も高洲が送る」
「いや、ごめんね。無理なんだよ。仕事が終わる時間が違うからね。だから、両親が無理でもお姉さんかお兄さんに来てもらえば……」
「あり得ない」
「あ、いないのかな?」
「姉がいる。でも、あり得ない」
……なるほど、姉とは仲が悪い……と。それならやはり親に迎えに来てもらうしかないだろう。余計なお世話かもしれないけど、そのお姉さんに事情を話して迎えに来てもらうのを頼むのもありかも。
「こっち。ここを真っ直ぐ進むとある」
「うん、真っ直ぐだね……って、ん? ところで姫ちゃん。君の名字は何かな?」
「家、そこの一番奥」
あぁぁ……そうですか。スルーな上に予想的中ですか。通り慣れた道に来た時からそんな予感はしていた。言葉遣いが何となくあのお嬢様に似ていたからだ。オムネさんはどうやら妹の方に与えられたらしく、小さな体でも姫ちゃんの方が魅力的だった。
仲が悪いとはいえ、言葉遣いが似ているということは、さよりを真似た可能性は否めない。つまり責任は奴にあるということだ。許せん!
まさかこんな形であいつの家に来るとは思わなかった。たとえ家の場所が違っていたとしても、それでも来る運命だったのか? あるいはここだからなのかは考えたくない。結局のところ、バイト先が家にも中学生の子にも近いのがそもそもの間違いなのだ。
「姫ちゃん、玄関に着いたけど入らないの?」
「高洲、チャイムを鳴らせ。そしたら来るから」
「あ、あぁ、家の人だね。そういや、姫ちゃんはお嬢様なのかな?」
「よく言われる。でも違う。姫は姫。以上でも以下でもない」
なるほどな。家の外観をまともに見ることになってしまったが、どう見ても社畜の親父さんの汗と努力の賜物で建て替えられた、モデルハウスのチェンジタイプにしか見えない。
だからと言って態度を変えるわけではないが、奴は自称のお嬢様だったのだ。それが妹のおかげで確定した。果たしてあいつはどんな表情を見せるのか見ものである。
「ピンポーン」と、チャイムの音はまるでどこかのコンビニと同じ音を使用しているようだ。さよりの家のチャイムはコンビニタイプという何とも言えない気分になった。さて、ご対面である。
「姫ちゃん、おっかえりぃ~! あ、あら? あなた……み、湊?」
「よお。来店してやったぞ!」
「は? というより、何かしら? わたくしのお屋敷はあなたのような下賤で下等な生物が気軽に立ち入っていい所ではないのよ? それにアポイントなしで訪れるだなんてどういう――えっ」
「ただいま。さより」
「ひ、姫ちゃん? え? な、何で?」
この反応を見る限りでは、職業体験ですらも知らされていないとみた。それにしても姫ちゃん呼びということは、妹溺愛すぎな姉か。だから嫌なのか? それに自称のお屋敷の玄関も実に庶民的である。
かろうじて洋風でこ洒落た飾りと照明が天井からぶら下がり、頑張って吹き抜け式の天井を作りましたよ的な作りにはなっているが、無理した感が半端ない。それでも俺の家よりは全然お屋敷っぽいが。
「これ、高洲。わたしの彼氏」
「ハ? え? か、彼氏? 姫ちゃん、そんな嘘、嘘だよね? 嘘だと言って」
嘘に決まってるだろうが! 何でそんなこの世の終わりを見たような顔をしているのか。俺に失礼じゃないか。今の時点で俺は沈黙を貫いている。妹の姫ちゃんと姉のさよりの立場を観察しているからである。
「本当」
「いやあああ! 嫌よ、こんなのがわたくしの弟だなんて! あり得ないわ!」
ちょっと、さよりさん? 弟って、それは彼氏じゃなくて旦那ってことの意味であって、あり得ねえぞ? 彼氏飛び越えて旦那とか、お前どこの世界の人間なんだよ。
なんて面倒で出来の悪いお嬢様なの? 一から常識とかこの世の摂理を教えなきゃいけないのか? こういう時にご両親がいないというのも困りものだが、社畜は残業で大変なのだろう。ここはひとつ、俺と言う出来た男が事情とこの世のことを教えてあげるしかないようだ。




