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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
第八章:ダークネス エンジェル

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113.未知なる妹との遭遇編 前編


 気分はまさしくホールドアップ。なんてことを言っている余裕はない。隣家の部屋は真っ暗闇だった。それなのに、俺の背中には彼女がいる。これはどういう現象なのだろうか。もしや夢落ちかな?


「願ったことを叶えてあげるね?」


「ほえ? 何か願ったっけ? ボールは集まってないよ?」


「湊くん、明日からよろしくね……」


 おっ? 気のせいか背中が軽くなったぞ。マジで鮫浜は人間なのかな? などと失礼なことを考えてしまったバチが当たったらしく、その直後気づけば寝落ちしていた件。


「……湊、起きなさい! 何時だと思ってんの!」


「んん?」


「遅くまで部屋で筋トレでもしていたの?」


「あ~……していたかも。背中に子泣き爺ばりの少女がいて、なかなか剥がれなくてね」


「はぁ? とにかく早く支度して学校行きなさい!」


 冗談が通じない母親だな、全く。しかし筋トレと思われても仕方ないくらいに、何故か筋肉痛になっているわけだが、運動不足過ぎたか?


「みーなっと! おはよ」


「ん? オハヨーさよりサン」


「え、どうしたの寝不足なの? どうしてそんなに残念な口調になっているのかしらね」


「嘘だろ? お前に残念とか言われるなんて、マジで疲れてるのか」


「だからお前っ――」

「さより」

「あぅ……そうやって素早く返すのは反則すぎるよぉ……」


 毎度のようにお前と言っただけで、さよりはすぐ俺に言い直しを求めてくるわけだが、それはもはやお約束のようなパターンになってしまったせいで、俺は素早さを身に付けることが出来た。


「てか、何でいちいちそんな求めてくるんだよ?」


「だって、呼ばれたい……男の子でわたしと話をしてくる人なんて湊くらいだし、名前で呼んでくれるのも湊だけだもん」


「だもん……って、前々から思ってたけどわがまま娘だな、さよりは」


「甘えられる人なんて湊だけだもん……」


「親父さんがいるだろ」


「お父様はいつも忙しすぎて、最近はほとんど家に帰って来ないの。身近な男子って湊だけなの……それに、最近はキスとかも無いし」


 さよりは確かな彼女じゃない。それもあって、俺の部屋でしたことはとりあえず、返事も含めて保留にした。鮫浜の突発的なキスはともかくとして、やはりただのお友達がキスをしてしまうのはよろしくないだろうと思った。


 さよりに言わせれば、責任を取ってもらうようなことをされたのだからそれくらいしてくれても、などと言ってきているわけだが。クラスの中ではもちろんのこと、学園内でイチャらぶしている男女は決して多くないというのが理由の一つでもあった。


「そういうのは確定してからいくらでもしてやるよ」


「わたしは好きなのに?」


「俺も嫌いじゃない。けど、そういうことじゃない」


 この「嫌いじゃない」なんてセリフは、初期の頃のさよりと鮫浜のセリフだったが、今では俺が使用しているという、何とも不思議な感じがしている。俺自身が使うようになって気づいたのだが、好きだと思っているのにはぐらかしで逃げているセリフは、何て残酷なのだろうなとつくづく思うようになった。


「あゆのことが――?」


「いや……まぁ、そうだな」


「仕方のないことかもしれないわね。わたくしとあゆとで、あなたに迫っていた日々を送っていたのですもの。わたくしに好意を持たれているのは分かっているのだけれど、湊はあゆにも返事を聞きたいということなのでしょう?」


「まぁ、うん」


「だけれど、あゆはあのとおりだわ。変わることなく、教室にいるだけ。それなのに、湊はあゆが気になって仕方がないのね。いいわ、あゆがどう出てくるかなんて分からないけれど、湊があゆの答えを求めているのなら、わたくしもそれに付き合うわ!」


「悪いな、さより」


「ふふん、わたくしを見くびらないで頂戴。これでもあなたと同じ庶民出身よ! あなたごときの気持ちくらい、理解出来るわ」


 庶民出身って何だよそりゃあ。しかし、俺に知られたからこその開き直り発言でもあるんだな。さよりは庶民というか、俺と同じだった。それだけに何となくの親近感はあった。話しやすいしずと同様の気安さが、コイツにもあったということなのだろう。


「それじゃ、湊。またね」


「あぁ、また」


 案外と聞き分けのいいお嬢様で、朝の登校こそは途中まで一緒に行くようになったが、きちんと教室手前で別れるようになった。どれだけ俺に嫌われたくないんだろうなって思うと、ついつい気が緩んでしまう。


「なにニヤついてんだ? おっす、高洲!」


「おは。上福岡くん、その後の情報は無いかね? 浮間とか、某イケメンの動向とか」


「イケメンの情報なんぞ、俺の辞書には含まれない。美少女限定だ!」


「デスヨネー。じゃあ、鮫浜の情報ヨロ」


「うっ……腹がいてえ。すまんが、また後で仕入れておくぜ」


 またこれだ。情報屋としてそこそこ役立っている上福岡くんは、鮫浜の名を出すだけで原因不明の急病に襲われるという、特異な体質らしい。鮫浜のことをどんな形でもいいから知りたい俺は、数少ない交友関係から聞き出しているのだが、これといって有力な情報は未だに聞き出せないでいる。


 教室には鮫浜がいることはいるのに、話しかけんじゃねえという見えないオーラが放たれまくっているせいで、俺はもちろんのこと、先生ですら声をかけられない状態が続いている。


 昨日のアレはやはり夢か? 闇の中でしか話が出来ないとか、以前とはまるで違いすぎるぞ。どうにも糸口が見えそうにない……そう思いながら、昼休みになった。昼休みは鮫浜の姿がすでに無く、中庭辺りにでもいるのかと思って、歩き回るのだが探そうとすればするほど、隠れられているような感覚さえしていた。


「高洲」


「んあ? 何だよ?」


「そう睨むなよ。お前を呼んでる女の子がいるぞ。てか、廊下じゃなくて外の門の辺りに来てる。だから、行ってやれ。ってか、お前にあんな可愛い妹がいたなんてな」


「はっ? イモウト?」


「ちょっとキツそうな目つきが萌える。とにかく、行ってこい」


 俺に妹なんていないはずだが? これは誰かの謀略か? あるいは……おおよその予想は付いているだけに、疑いもせずに外へと向かうことにした。あぁ、うんやっぱり。キミだよね。


「――高洲、早退して来い」

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