108.自称嫁の残念な現実と、意外な出会いが待っていたらしい?
「もうっ! そうじゃないって言ってるじゃない!」
「俺に数式を求めるなっての! 言葉遊びの方が得意なんだよ」
「はぁ、本当に湊って……」
「俺が何だよ?」
「おバカな男の子。でもいいの! わたくしがあなたを育ててあげるのですもの。たとえ今はおバカでも、将来はきっと凛々さを備えた旦那様に……あぁぁ……」
はいはい、妄想乙。しかし成績は間違いなくさよりの方が上であり、俺がとやかく言える立場に無いのは事実である。だからと言ってさよりのおかげで成績が上がろうものなら、将来が確定しそうで怖い。
「成長ねぇ……俺もお前に育って欲しい所があるんだけどな」
「そうなの? わたくしに直せるところがあるなら言って欲しいのだけれど、それは何かしら?」
「言ってもいいけど、言っても怒らないって誓えるか? (コイツ、絶対怒るよな)」
「湊がわたくしに言ってくれるのですもの。誓うわ!」
「オムネさんだ」
「は? どちら様?」
「だから、胸だ。さよりの残念な所の一つな。そこだけは俺がどんなに神の手でも直せない。まぁ、今すぐどうこうなる場所でもないしな。だから、アレだ。どんまい」
「……」
「そう落ち込むなって! お前はそれ以外が完璧みたいなもんだし、そこが残念でも補えるはずだ!」
「――う」
ん? 聞き取れないな。やはり怒ったかな?
「……う? 腹でも痛いのか?」
「この、大バカ野郎! 湊ってわたしと一緒にいる時はいつもいつもいつも! 残念と言い続けてる割にはいつも見ているのね……人の身体も心も、日々成長を遂げていることを知らないなんて、あなたこそ残念だわ。そこまで言うなら、見てもらおうじゃない! もう勉強なんてやる気になんてなれないわ。今すぐ服をお脱ぎなさい! あなたの背中の成長も見せてもらおうじゃない」
「ここで服なんか脱げるかよ! っておい! ズボンのベルトを引っ張るなっての!」
コイツ、何て力だ。実は剛腕の持ち主か? これだけ細い腕でこんな力強いとか、最初の狂暴さよりは伊達じゃなかったな。そういや、回し蹴りもされた記憶があったな。鮫浜はそこまで強い力は無い気がするが、さよりは戦える女子ってことか。
「分かった、分かったから! 風呂場に行くから落ち着け」
「早く行け! バカッ!」
「はいはい」
「はいは一回でいいって言ってんだろうが! バカ野郎!」
最近はデフォルトのお嬢様言葉も大分薄れてきた感があったが、コイツの本性はコレかもしれないな。鮫浜のことを言えないくらい、さよりも色んな人格を備えているようだ。
俺としては甘くて可愛いさよりも好きは好きだが、実の所は強気な言葉の方が良かったりする。もちろん俺はMじゃない。これは浅海との出会いが関係している。綺麗すぎる美少女でか弱い女の子だと思いきや、男だった上に、俺よりもワイルドな言葉遣いだったことで美少女イコール、強気な女子が俺の好みとなってしまった。
もちろん度が過ぎる女子は苦手だ。ただし鮫浜は別物で、彼女が放つ言葉自体はどういうわけか、ゾクゾクするくらいのトーンらしく、どんな話し方でも緊張してしまうのが不思議でならない。
「高洲、どこに行く?」
「えと、お風呂場はどこかな?」
「……こっち」
「あ、ありが――っととと……引っ張らなくてもいいよ?」
「さよりと入るつもりが?」
「まぁ、うん……そうだね」
「駄目」
「駄目って言われても、もうすぐさよりが来るよ?」
「わたしの部屋に来ていい。高洲なら許してくれる」
「え? 誰が?」
「母様。さよりは絶対に入って来れない。だから大丈夫。安心」
さよりは社畜の親父さん側で、姫ちゃんは未だ出会ったことが無いお母さん側の人間か。同じ家の中でも派閥的なモンがあるとか。池谷家も大変なんだな。俺は一人だからそういうのがないけど。
「高洲、早く歩く」
「あ、うん。引っ張らなくても進むから」
「分かった」
「ごめんね、姫ちゃん! さよりが怖いから、とりあえずいったん戻らせてもらうよ」
と言いながら、姫ちゃんが手の力を緩めた所で方向転換をした俺だったが、目の前にさより……ではなく、恐ろしく綺麗な女性が俺の前に立ち塞がっていた。俺の母親とはまるでレベルが違う。
イメージとしてはさよりの成長した姿……いや、姫ちゃんが大きくなった感じか? というか、眼光が鋭利すぎるぞ。俺やさよりよりも背が高いし、まさに見下ろされているわけだが。
「あなたは高洲さんかしら?」
「は、はい」
「――そう、あなたがそうなのね。姫とナニをするつもりで浴室へ行こうとしていたのかしらね? 詳しくお話を聞かせて頂こうかしら。高洲さん、おいでなさい」
「いや、その……はい」
さよりの強制オムネさんお披露目会が、どうしてこんなことになった。それにしても、さよりの母さんが綺麗すぎて逆らえないぞ。この感覚は鮫浜に見られている時と似ているが……お母さんもソッチ側なのだろうか。
「高洲。母様と存分に話をしていい」
「あ、ありがとう」
さよりとバスタイムはお預けか。決して残念な気持ちでは無い。残念なのはさよりの方であって俺じゃないはずだ。まずは大人しく言うことを聞くしかなさそうだ。それにしても綺麗ダナー。




