107.妹が欲しいと思っても思ってはいけない件。
一週間がやたらと長すぎた気がしないでもない。久しぶりの土日なのにもかかわらず、何故俺は真面目に期末対策をする羽目になったのか、ずっと後悔しっぱなしだ。
発端はもちろん、俺の残念過ぎる言動と油断によるものなのだが、思いのほか中間の点数がひどかった。決してバイトを言い訳にするわけでもなく、鮫浜との色んな出来事があったわけでもない。しかし俺の自称彼女は、それを見逃すほど甘くなかった。
「ご、ごめんください」
「湊? 何を遠慮しているというの? 勝手に入ってくれればいいわ」
「俺はこう見えて礼儀正しい男だ。どこかの誰かさんと違って、玄関のチャイムを鳴らさずに大声で叫ぶようなことはしない」
「つべこべ言わずにさっさと入りなさい!」
「分かったから、腕を引っ張るなっての!」
自称の彼女、自称の嫁……これは全て目の前にいるさよりの残念な言葉によるものだ。俺はさよりに「好き」というたった二文字の告白と返事をしていない。俺の部屋でしたことは置いといても、鮫浜のことも心の隙間に存在している以上は、すぐに答えを言うことが出来ないでいる。
謎だらけの鮫浜はもちろんのこと、何となく小出しにされている浅海とさよりの関係性については、あまり楽しい結末にはならないだろうと感じているだけに、そのことには触れられないのが現状だ。
それはともかくとしても、いつの間にか間近に迫っている期末試験の為に、前から強制的に約束を取り付けられていた、お隣さんin期末対策へようこそ! なるイベントが土日に開催されることになった。
「湊は何がお好みかしら?」
「炭酸」
「駄目よ! 炭酸では刺激が強すぎるわ! わ、わたくしの特製青すぎるジュースを飲んでいただくとするわ。筆記用具を出して待っていてくれるかしら?」
「青すぎる野菜ジュースか? それは断る!」
「野菜とは言ってないわ。と、とにかく、待ってて」
自動的にさよりの部屋に案内されて、今ココである。前回ここに来た時は、大量のブラジャーまみれになってしまい、おまけに女子の怒りに触れたキーワードを言ってしまったことで、さよりがキレてしまった。
俺は家から追い出され、しばらく入ることを許されなかった。元から、俺からさよりの家に行くことがそもそもなかったので気にすることでもなかったが、彼女曰く、自称彼氏候補になったことから、さよりの家に入ることを許されたというわけである。
「――高洲、お帰り」
「お邪魔してるよ、姫ちゃん」
「高洲はわたしの兄貴? それとも夫?」
「姫ちゃんが妹になることを希望中! 夫ってのは難しいかな」
「じゃあ、高洲の家に通っていい?」
「へ?」
「通い妻もしくは、通い妹になる」
姫ちゃんは、さよりの妹で残念な美少女ではないはずだが、同年代の女子友とは違う話し方で俺に近づいて来ているのはどうしてなのだろうか。
そしてそれが何となく、鮫浜をリスペクトしているように思えてしまうから、強く注意しづらいという問題が発生している。可愛いのに、鮫浜と交流があるという何とも油断ならない女の子と化してしまった。
「姫ちゃんは受験だよね? さすがにそんな時に俺なんかの家に通うのはおススメ出来ないよ」
「大丈夫。わたしは高洲よりも優秀。明日から通う?」
「いやいや、えーと……鮫浜に聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「わたしの意思。彼女は関係ない」
姉に負けず劣らず頑固のようだ。これはとりあえず、優しく断るしかなさそうだ。
「じゃあ、冬休みにでもお願いしようかな。その時は姫ちゃんはそれどころじゃないと思うけどね」
「分かった。それまで待ってろ」
「はは……」
妹か。いいなぁ……仮の関係でもいいから、妹が欲しいぞ。これはもちろん、俺の心の中の声。しかし、この心の声がどういうわけか闇ネットワークで、どこかに伝達されてしまうらしく、俺は迂闊に心の中ですら発言出来ないということを後で思い知ることになる。
「お待たせ、湊」
「あ、あぁ。って、なんだそりゃ?」
「何って、トロピカルドリンクだけれど? 湊は知らないのかしら?」
「知らん」
「ふふっ、これを飲めば持久力も体力も、集中力もみなぎること間違いないわ! わたしと湊は、明日の夜まで思いきり勉強をして過ごすの。うふふっ、湊とずっと一緒」
「ほえ? ナンダッテ? ずっと一緒ってお前……着替えとか風呂とかどうすんだよ?」
「お風呂はウチのを使っていいわ。着替えはわたくしが着替えさせてあげるわ。将来の予行演習に丁度いいもの。旦那様の御着替えは、妻たる者の役目ですもの! だから湊は、何も心配なんていらないわ」
「だが断る!」
「駄目ったら駄目なの! ここに一緒にいるの!」
「何でだよ!」
「……ぐすっ、湊はわたしが嫌いなの?」
くっ……コイツ、武器を存分に使いこなしやがって。
「あーもう、とにかく勉強はする。後のことはその次な。じゃあ、よろしく」
「う、うんっ! えへへ……」
あーちくしょう。可愛いけど、何かこう……何とも言えないもどかしさがありすぎるぞ。とりあえず邪念を捨て去ろう、そうしよう。まずは勉強だ。その後のことはコイツが寝た時に考えることにする。




