100.ダークネス ストリーム④
「ちょと、さよりさん。いくら何でもくっつきすぎやしませんかね?」
「どうして? わたし、湊の女だもん。だから好きなだけくっついていい権利があるわ」
「俺はまだハッキリと返事をしてないんだぞ? そうやって決めつけるのは良くないぞ」
「わたくしに、あ、あんなことまでしておいて逃げるのかしら?」
「……とにかく、教室に入る前に腕を離してくれ。正式に決まるまでそういうの禁止な」
「もうっ、バカッ! バカ野郎!」
この変わりようである。一途ではあったが、独占欲が半端ない。確かにさよりとキスはした。さよりを安心させたって意味では、成功したと言えなくもない。しかし俺たちはまだ彼氏と彼女な関係が確定していない。
そんなのはさよりが勝手に言っているだけだ。さよりは男の肌に触れただけで妊娠するとほざいていたほどのお子ちゃま女子だ。キスを交わしただけでそれはもう、本人としては結婚を済ませてしまったくらいの感覚なのだろう。
それに引き換え、鮫浜はそういうのすらごく自然にしてきた子だ。すでに膝枕をされているし、オムネさんも別格だ。さよりの残念なソレについては今は見逃している。色気という点では鮫浜には敵わない。ただし、闇が強すぎるというのと、強大すぎる何かが分からない為に俺自身が彼女に近付けないでいる。
ワケありすぎる美少女二人の問題と俺の気持ちをきちんとして、その上で確かな言葉で告白をしたい。何せ今まで、非モテ生活が長すぎた。さよりがこうして俺にくっついて来ていることも、何かの裏があるとさえ思ってしまう。さよりと一緒に生活することになるのなら、コイツの秘密というやつも知りたい。
「うー……お昼も一緒だからね? 絶対だからね?」
「はいはい、分かったよ」
「はいは一回だけ! 返事は?」
「ハイ」
「というか、お待ちなさい。またそんなだらしのないボタンになっているわ! あなたはそのだらしなさを直せば、そ、その、まぁまぁまともな部類になるのよ? そうやって背筋も曲げて歩くのは腹が立って仕方が無いわ。ほら、直立不動! そうよ、それでいいわ。それじゃあまたね、湊」
すでに教育ママっぽいが、規律だの何だのに厳しすぎるのが好きじゃない。そう考えると、鮫浜はその辺は緩かったし放置してくれていたから良かった。さよりが好きなのに、それなのに決められないのはそういう所にあった。ハッキリとさせる。それが今日からの俺の決め事だ。そんなわけで、無理やりさよりの腕を引きはがして、教室に入った。
さよりは朝早くに迎えに来た。何せ学則とかにうるさい奴だ。なので、朝の教室にはまだ人がまばらだった。俺はいち早く鮫浜の席を確かめた。そこにいたのは、見慣れない姿の鮫浜だった。
「おはよう、高洲君。昨日はよく眠れましたか?」
「えっ、あ……う……えーと? 鮫浜さん?」
「ふふっ、何者に見えるのかな? 見た目のアクセントを変えただけなのだけど、惚れ直したのかな?」
まるで違うぞ。話し方も以前より丁寧というか、まぁ以前もそうだったけど。一番変わったのは見た目だ。漆黒の短いショートな頭は変わらずで、思わずナデナデしたくなるがそこじゃなくて、唇には明らかに塗ってますよね?
いや、俺が見てなかっただけで今までもリップクリームくらいは塗っていたはずだが、すごくいい香りが唇からするんですが、誘ってる? それに極めつけは眼鏡! さよりも鮫浜も今までは所謂ナチュラルメイクだった。目も悪くないだろうしな。しかし、目の前に座っている鮫浜さんはメガネ女子なんですが?
「あはっ、見とれてる?」
「い、いや、ハイ」
「メガネ女子に萌えちゃうんだ? 高洲君も案外、マニアックだね。嫌いじゃないよ、そういうの」
「そ、それは何というか褒めてるのかな?」
「うん、いい子、いい子。だから、頭を近づけていいよ?」
おっと、危険な罠だ。さよりがこっちをジッと見ているぞ。時間的に他の連中がぞろぞろと教室に入って来ているし、俺が誘われてどうする。それなのにそういう空気は気にしない女子だから困る。
「いいよ、頭じゃなくてキミの苦しみを解放してあげるよ。だから正面に立って?」
これはいつぞやの光景のデジャヴか。さよりにキツキツに締め上げられたワイシャツの一番上のボタンと、固定された首と姿勢。これを鮫浜は緩めてくれた。まさにそれをしてくれるようだ。
これには素直に応じよう。さよりには悪いが、こんな呼吸をするのに力を籠めなければならない姿勢には耐えられないのだよ。俺はつくづく油断が好きで、修羅場を作り出すのが天性の才能らしいと直後に後悔した。何度目の後悔かな?
「鮫浜、ちょっ――! むぐぐ……んーんーんー!」
いや本当に、鮫浜が素直にソレだけをしてくる女子じゃないことを忘れていたよ。彼女から奪われたのは何度目かな? しかも絶対殺しに来てるよね。息が出来ないぞ。
「……」
「鮫浜さん、湊が落ちるよ? やめてあげて」
「ん、分かった」
もう落ちかけてますよ? マジで怖いこの子。酸素が欲しいです。周りの状況すら見えないまま、俺は保健室へ運ばれた。もちろん、彼の逞しすぎる腕の中で。




