15 ルナ・マーリン大公開
とうとう……婚約発表が行われる晩餐会の日がやって参りました!
この日のために社交のマナーやダンスのレッスンに励んだ私は、準備万端……のはずが、極度の緊張から全身が石のように固まって、暗がりの中でカーテンにしがみついているのでした。
主役のために用意されたこのドレスは、水色とバイオレットのグラデーションに星屑のビジューがちりばめられた、夜空のように美しいデザインです。
そんな素晴らしい装いに、当の私は引けをとって慄いています。
「ルナ様? 眉間にシワが寄っています」
侍女のサラさんは何度も同じ注意をしてきます。よほど私の眉間に強いストレスがかかっているようです。
指で滑めされてもシワが取れないので、サラさんは後ろに控えている王子様にチクリました。
「殿下。ルナ様の眉間のシワが取れません」
すると王子様は私の隣にやってきました。
今宵のアンディ王子殿下はグレンナイト王国の第二王子として、勇ましくも煌びやかな正装を決め込んでいて、王子としての凛々しさが半端ではありません。
あまりの眩しさに私がさらに萎縮すると、王子様は私の眉間に優しく口付けをなさいました。
「はう……」
ふわぁ、と力が抜けて、眉間に刻まれたシワは退散しました。
「ルナ。今日は英雄のお披露目だよ」
「え、英雄? 今日は私たちの婚約発表ですよ?」
「ああ。グレンナイト王国の危機を救った、救国の聖女様のお披露目パーティーだ」
「い、いえ、私はそんな……」
私は蝉のようにしがみついていたカーテンから手を離して、慌てて否定しました。
しかし王子様は、不良のように悪い顔をしてらっしゃいます。
「ルナは権力が好きだろう?」
ギクゥ。王子様は私の弱みと好物をよくご存知です。
権力を翳されれば媚びへつらい、逆に権力を得ればニヤニヤとする……私の浅ましき性質でございます。
王子様はカーテンを少し捲って、向こう側にある景色を覗きました。
チラリと見える広い会場はそれはそれは豪華な内装で、そうそうたる貴族たちが着飾り、歓談しています。この王国の高位貴族だけではありません。周辺国からも要人が集まっており、異国風のドレスも散見されます。全員が何かを待ち望んでいるような、期待が膨らむような熱気を感じます。
「みんなルナを英雄として讃えて祝福したいんだ。今夜のルナは英雄の名のもと、何をしても許されるだろう。ケーキをワンダース食おうが、王にイッキ呑みを強要しようが、無礼講だ。こんな絶大な権力を発揮できる日を楽しまなくてどうする?」
え? 王様にイッキ呑みの強要?
そんなとんでもない婚約者は、もはや暴君です!
私は想像して吹き出しました。
「もしくはエヴァンを渾名で呼んでもいいぞ。ニャン太子様って」
猫愛がお強いエヴァン王太子様をいじって、王子様が勝手につけた渾名です。
「ぶははは! それはまずいですよ!」
大笑いする私の手を取って、王子様はカーテンの一歩向こうに踏み出しました。
「さぁ。英雄のお出ましだ。俺と夢の舞台を一緒に楽しもう、ルナ」
ひぃん! 強烈な光の中でこちらに悪い笑みを見せる王子様は、とにかく色っぽい!
私は満開の笑顔で王子様と共に、舞台に歩み出たのでした。
わっ、と会場が大きく盛り上がり、まるでスーパースター……王子様のおっしゃる通り、英雄が現れたように歓喜のお声で沸いたのでした。
観客から「アンディ王子殿下!」と王子様を熱烈に迎える声と、「救国の聖女ルナ様!」と絶叫する声が入り混じって聞こえます。
私が思っていた以上に、あのエンバドル王国との戦いでの夢使いの活躍は、貴族の間で知れ渡っていたようです。
私は皆様に向かって笑顔のまま勢いよくカーテシーをして、バッタのように飛び上がってしまいました。
あわわ、どこかで見ていらっしゃるエレガント先生はお怒りのことでしょう。でも、会場は私の奇妙なカーテシーでますます盛り上がったのでした。
王子様は皆様に殿下スマイルを振り撒きながら、小声でおっしゃいました。
「ハハハ。今は何をしても英雄の振る舞いだ。堂々としていて格好いいぞ、ルナ」
私はノアさんに以前言われた言葉を思い出しました。「未来の王子妃なんだから、もっと堂々としてよ」と。
すると、大勢の貴族たちの集団の中に、正装したノアさんとクロードさん、オリビア様を見つけました。みんな楽しそうに、こちらに手を振っています。オリビア様の凛とした薔薇色の瞳を見て、私の中に今日の目標が蘇りました。そうでした。今から踊るダンスで、私は王子様への愛を描くのです。
私は王子様をしっかりと見つめてお伝えしました。
「私の愛を……すべての愛を王子様に捧げますから」
私らしからぬ毅然とした台詞に、王子様はハッとしたように目を見開きました。
毎週末更新中!第5章は残すところあと2話!
最後までお付き合いいただけましたら幸いです!




