14 オリビア様の夢 -3
まさかの添い寝の催促です。でもそれは事前に王子様から「ダメ」と禁じられているので、私は丁重にお断りしました。しかしオリビア様は引き下がりません。
「アンディにバレなきゃいいのだろう? これは私とルナと二人の秘密だ」
「ひ、秘密ですか?」
「ああ。どちらも喋らなければ、アンディには伝わらない」
私は後ろを振り返って、サラさんのお顔を窺いました。いつも通りの無表情です。
「あの、サラさん……サラさんは王子様にチクりますか?」
「ルナ様がお望みならチクりますが、お望みでないなら絶対に申し上げません」
サラさんの思わぬ忠義に、私は驚きました。サラさんの本当の主は王子様だと思っていたので。
「そ、それではこの三人の秘密ということで……」
「あはっ! いいぞルナ! 辺境の旅ではずっとアンディに邪魔されてたからな。私はルナと一緒に夢が見たかったのに」
ノリノリのオリビア様はキングサイズベッドに私を誘って、私たちは並んで寝転がりました。
「あの、浅い眠りで十五分くらいですよ?」
「わかってる。充分だ」
オリビア様のお顔が爛々としているので、私は心配になりました。
いったい、どんなヤンチャな夢をご希望されるのでしょう。
過激な冒険でしょうか。それとも、危険な殺し合いでしょうか。はたまた、マンモスを狩るのかもしれません。
私が武者震いしていると、オリビア様は自ら「見たい夢」をリクエストされました。
「私もルナのように、夢を作ってみたい」
「え?」
予想外の願望です。
「私が夢の中で夢を作ってみるから、ルナは出来を指導してくれ」
オリビア様はなんでもチャレンジするのがお好きなのですね。面白そうなので、私は快く頷きました。
「わかりました。今日は時間がないので、夢に引っ張りますね」
「ああ! 引っ張ってくれ!」
前のめりな勢いに調子が狂いますが、私は夢使いでございますから。こんな時でも、速攻で寝落ちるのです。
「ふごっ」
私とオリビア様は真っ白な空間にいます。
地面も空も、全部真っ白。何も描いていない、スケッチブックの紙のようです!
「うわ、何もないぞ!」
オリビア様は異様な空間に驚いています。
「さあ、オリビア様。ここはどんなに大きいものも現すことができますので、やってみてください。登場させたい物のイメージを具現化するのです」
「うむ……記憶が頼りということだな」
オリビア様は難しいお顔で額に指を当てると、隣に何やらぼんやりとした物体が浮かび上がりました。
「え、これはなんですか?」
脚が長く、身体が白くて、鼻の穴が異常に大きな……。
「これは馬だ。イメージを安定させるのが難しいな」
オリビア様の描いた馬のイメージは輪郭がぐにゃぐにゃとしていて、造形がなんだかおかしいです。
私はもどかしくなって、正解の馬を横に並べました。宮廷で見た、王子様の美しい白馬です!
「馬はこうですよ。もっと脂肪が少なくて筋肉質です」
「う、おおお! 本物の馬だ! 立体的だ!」
オリビア様はあまりのリアルさに唸りました。
「信じられない。毛並みも質感も、動作さえも本物と違わないではないか!」
「えへへ……動物はよく観察しているので」
「よし、私ももっと上手に出してみせるぞ!」
オリビア様は「ムン」気合を入れて、両手を前に翳しました。
するとまたぼんやりと……虎でしょうか?
私も図鑑でしか見たことがありませんが、これは虎というより、太った大きな野良猫のようです。
「虎とはこういうものではないでしょうか」
私が隣に最大限イメージを増幅させた虎を現すと、オリビア様は尻餅をつきました。
「うわあ! 本物の虎だ!」
リアクションがいちいち素直なので、やりがいがあります。
それからオリビア様は次々と珍しい異国の動物を出して見せましたが、どれも同じようにぐにゃぐにゃで曖昧な形なのでした。
オリビア様は精神力を使い果たしたのか、疲れて地面に座りました。変な顔や形の動物たちに囲まれて、苦笑いしています。
「イメージを形にするのがこんなに難しいとは……。記憶はあるのに上手く再現ができない。絵が描けないもどかしさに似ているな」
「最初はみんなそうですよ。でも明晰夢で毎日訓練すれば、徐々にイメージの精度を上げることができます」
オリビア様は私の後ろにずらりと並ぶ、リアルな動物の群れを見回しました。
「ふふふ……簡単に言ってくれる。夢の中で無限に物を生み出して世界を作るルナは、まるで神のようだな」
仰々しいお褒めのお言葉に私が謙遜していると、オリビア様は立ち上がりました。凛とした瞳に戻っています。
「私がこれまで旅先で見た珍しい動物をルナに見せてあげたかったんだが……図鑑の絵しか知らないはずのルナに、正しい形を教えてもらってしまった」
なんと。オリビア様は私に異国の動物を見せたかったようです。
優しく微笑むオリビア様は、私に右手を差し出しました。
「ルナ。私は君が好きだ。これからも友達でいてくれるかい?」
私は突然の告白を受けて、胸がズキュン! と高鳴りました。こんなことをオリビア様に言われたら、どんな女子でも堕ちてしまうのではないでしょうか? とんでもない誘惑の力です!
「は、わ、私でよろしければ、ぜひ……お友達になってください」
私たちは握手をして、友情の光を輝かせました。
キラキラキラ……。
目を開けると、オリビア様は薔薇色の瞳を輝かせて、満足そうに笑っていました。
こうしてレッスンのお礼を済ませて。
私はオリビア様に深々と淑女の礼をし、サラさんと一緒に宮廷に帰る馬車に乗り込みました。
すっかりと日が暮れた王都を走る馬車の中で、私は思い出し笑いが止まりませんでした。
オリビア様が作り出した、あの変な顔の虎や象やラクダを思い出すたびに、笑いが込み上げてしまいます。目つきが悪くて、やけに太っていて、短足で……ダメです。あのぐにゃぐにゃの群れが頭にぼんやり浮かんで、何日でも笑える威力があります。
馬車の正面に座っているサラさんに、私は弱音を吐きました。
「オリビア様と添い寝をしたのは王子様に絶対秘密ですけど、あまりに面白い夢だったので……ぐふふ、私はポロリと喋ってしまいそうです」
サラさんはいつものポーカーフェイスで窘めました。
「ルナ様はお口が軽いですね」
おっしゃる通りでございます。この後王子様に追求されたら、きっと私は「あわあわ」として全部白状してしまうでしょう。
馬車は笑いが止まらない私を乗せて、王子様が待つ宮廷に帰って行ったのでした。
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