13 オリビア様の夢 -2
箱に入っていたのは、ふわふわとした、いろんな色と模様の鳥の羽根です!
「これは格好いい兜を作るために使おうと思って、隣国に留学した時に集めたんだ。南国で様々な鳥がいたから」
私はありとあらゆる貴重な羽根の山……お宝の山に飛びつきました!
「あわわ、と、鳥の羽根がこんなに! あっ、これもあれも図鑑に載ってたやつ! 本物の色が見られるなんて!」
このような大量の博物標本は私にとって、図鑑と等しく喉から手が出るほど欲しいものです。白黒で描かれた図鑑の情報と本物の羽根を擦り合わせれば、完璧な鳥の色と模様が再現ができるからです。
私が興奮で汗だくになったので、サラさんは横からおでこを拭いてくださいました。
そんな様子を見て、オリビア様はご満悦のお顔です。
「ルナ! 好きなだけ羽根を見ていってくれ!」
オリビア様のご厚意を真に受けて、私は存分に集中力を発揮してしまい、室内に差す太陽はいつの間にか、夕陽色となっておりました。
サラさんの遠慮がちな「あのぅ」というお声掛けで、私は我に返りました。
羽根に集中していたら、時間がワープしています!
やってしまいました。私は興奮すると周りが見えなくなって、このようなワープ現象が日常的に多発するのです。
無数に描いた鳥の羽根のスケッチブックを置いて、オリビア様を探しました。お部屋の主なのに、ほったらかしです。
すると凜としたお声が聞こえました。
「ルナ。鳥の羽根に魅入る君は、とても素敵だったよ」
オリビア様は広いお部屋の真ん中で、細身の剣……レイピアを手に剣術の鍛錬をなさっていたようです。夕陽がオリビア様のマリーゴールドの髪を照らして、薔薇色の瞳は研ぎ澄まされていました。レイピアを壁にかけ、こちらに手を差し伸べたので、私はオリビア様に見惚れたまま立ち上がりました。
「さあ、かわい子ちゃん。ダンスのレッスンをしよう」
本来の目的であるレッスンを、オリビア様はちゃんと覚えてくださっていました。忘れていたのは私だけのようです。
オリビア様の手を取って、オリビア様が私の腰に手を添えると、互いにまっすぐ顔を見合わせました。
オリビア様の身長は王子様に近く手脚も長いので、まるで王子様と対面しているような感覚です。オリビア様のおっしゃる通り、王子様の代役としてはぴったりの体格です。
「まずは簡単なステップからだよ。一、二、三……」
オリビア様は初心者の私に合わせて、いくつかの優しいステップを合わせてくれました。音楽がないのにまるで音楽があるみたいに、オリビア様の中にはリズムが流れているようでした。
これは王子様も同じなのですが、剣術を極める方は体幹の良さに加えて自然とテンポや緩急を身に付けているのではないでしょうか。運動が苦手な私は臆してしまいますが、オリビア様の楽しそうなリズムにつられて、思わず笑顔でステップを踏みました。
「サラ、演奏してくれ。楽譜はそこにある」
オリビア様の指示で、侍女のサラさんは奥に設置されたグランドピアノに座り、演奏を始めました。
え、お上手です! さすがのサラさんです! やはり優秀なお嬢様なのですね……。これはダンスの課題曲です。
曲に合わせた途端に、オリビア様の華麗なダンスは輝きが増しました。音楽に映えるとはこのことです。優雅に、品良く、時にダイナミックに、マリーゴールドの髪が流線を描いています。薔薇色の視線に囚われたまま、私は完全にオリビア様に呑まれて踊りました。気持ちだけは情熱的に。でも、ステップはめちゃめちゃです!
曲を終えて、私は肩で息をしました。体力がないもので、一曲でこのようになってしまいます。
オリビア様は全く息を乱さずに、まだ美しいポーズを決めています。そしてこちらを振り返ると、大声で叫びました。
「百点満点だ! ルナ!」
「え、えええ!? どこがですか!? ステップめちゃめちゃでしたよ!?」
オリビア様の謎の高評価に、私は全力で抵抗しました。甘い判定をいただいても、婚約発表の会では通用しないからです。
すると、オリビア様は自信満々でおっしゃいました。
「こんなにも可愛らしく踊ってくれる婚約者に、アンディはゾッコンになるだろう。目的は達成された」
いきなり王子様のお名前が出て、私は真っ赤になりました。
「で、でも、パーティーに参加される皆様の前でこんな……」
「ダンスの目的は客の評価を貰うことじゃない。踊る相手に対して、どれだけ美しい愛を描いたかだ」
オリビア様の毅然とした断言に私は衝撃を受けて、納得してしまいました。完璧にステップを踏めないかもしれないけれど、全力の愛を以って王子様と踊る……。それが私の務めでございます……と、まるで悟りを開いたようです。
内心緊張して身構えていたレッスンでしたが、オリビア様は人を乗せるのがお上手なのでしょう。私はまんまと術中に嵌まって、全力で楽しんで踊ることができたのでした。
サラさんは楽譜を閉じて、帰り支度をしています。アンディ王子殿下から、お夕食の時間までには宮廷に帰るよう申し付けられているからです。
オリビア様は残念そうです。
「夕食も食べていけばいいのに。我が侯爵家のシェフが腕によりをかけるぞ」
またまた誘惑をなさるオリビア様です。
「いえいえ、美味しいお菓子や紅茶を沢山いただきましたので充分ですよ。それに武器や鳥の羽根も見せていただいて、ダンスのレッスンはとても学びになりました。このお礼はいつか……」
ご挨拶の途中で、オリビア様はしっかと私の手を握りました。
「お礼なら夢にしてくれ! なあルナ、これから少し昼寝をしようよ」
「えええ?」
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