8 妖精が出た!
妖精です! 本の挿絵で見たあの妖精が、目の前に現れたのです!
私はチェストから腕を滑らせておもいきり地面に転がり、慌てて見上げた時にはもう、妖精は消えていました。
後ろからメイドが慌てて駆けつけてきました。
「ルナ様、大丈夫ですか! 何が出たんですか!」
私がお化けでも出たような叫び声を上げてしまったので、メイドの顔は恐怖で引き攣っていました。
騒ぎを聞きつけて、ノアさんもやって参りました。
「令嬢が部屋の中で暴れるなよ」
「ち、違うんですノアさん! 出たんです、妖精が!」
「はあ? 妖精?? ……どうせ天然の妄想をこじらせたんでしょ」
へ?
ノアさんの毒舌に私は我に返って、自分の目を疑いました。
妖精が見たいという願望と、婚約指輪がないという現実からの逃避で、妖精の幻覚を見たという可能性は否定できません。
「た、確かに幻だったのかも……一瞬だったので……」
「でしょ? 妖精が家の中に出たなんて聞いたことないよ。虫じゃないんだから」
本の中でも、そのように書いてありました。妖精は自然の中を好むので、大抵深い森の中に棲んでいると。たまに人間が市場やお祭りをやっていると、好奇心で覗きに来ることもあるようですが……。
私は妖精の幻覚を見て現実逃避するほど、指輪の捜索にパニックになっているようです。
ところが……。
私が指輪を探して屋敷中を彷徨っている間、妖精の幻覚は何度も現れたのです。
廊下の先に、テーブルの上に、王子様の頭の上に……。
「また出た!」
廊下で出会ってすぐに王子様の頭上を指す私に、王子様は驚いたお顔です。
「また出たって、失礼だな」
「あ、いえ、王子様のことではなくて、妖精がっていうか、幻覚がですね……」
「ルナ。さっきから様子がおかしいぞ。俺に何か隠してる?」
ギクゥ! 王子様が薄々違和感に気づいています!
指輪のことがバレるのはまずいので、私は正直に幻覚のことをお話ししました。
すると王子様は可哀想な子を労るように慰めてくださいました。
「そんなに妖精に会いたいんだな。こればっかりは俺にもどうしようもできないからな……」
ああ、王子様。過分なる優しさでございます。
私の幻覚騒動までまともに取り合ってくださるなんて。
しかも王子様はご自分の胸に御手を添えたのです。きっとあのチェーンにつながった婚約指輪に、妖精が現れることを願ってくださっているのですね。なんという尊さ……ますます王子様には婚約指輪の紛失をお伝えするわけにはいきません。
「で、でも、妖精はいたずら好きといいますからね。出会ってしまったら、いたずらされてしまうかもしれません……」
私は自分でそう王子様にお話ししながら、ハッとしました。
妖精の……いたずら?
もしかして、私の婚約指輪は妖精たちに隠されて、からかわれているのではないでしょうか。それだと合点がいきます。指輪がなくなった途端に妖精が何度も現れたのですから。あれはやはり、幻覚ではありません。いたずらの煽りです!
みるみるうちに険しくなる私の顔を見て、王子様は焦りました。
「ルナ? どうしたんだ? 急に厳しい顔をして」
「いいえ、なんでもありません。珍獣には珍獣を、です!」
私は妖精のいたずらという新たな疑惑で頭に血が上って、王子様のもとから走り出しました。行き先は別荘の中庭です!
「もし本当に妖精が大切な指輪を隠しているのだとしたら、許しませんよ!」
私が憤慨して駆け寄った先には、黒くてモフモフしたものが眠っています。海でいっぱい遊んで、疲れてお昼寝をしているキアランです。
近づいても起きないほど熟睡しているので、私は芝生の上に寝転んでキアランに添い寝しました。
「ふごっ」
「あれ? ルナだ!」
モノクロの帰路の真ん中で寝そべっていたキアランはピンと耳を立てて、私を振り向きました。ブンブンと尻尾を振っています。
「キアラン。お昼寝中にすみません」
キアランは私の顔を見ただけで、気持ちを察したようです。
「ルナ。どうしたの? 怒ってる? それとも焦ってる?」
「実は、私の大切な婚約指輪がなくなってしまったのです。どうやら妖精が隠してしまったようで」
「妖精が!? ルナは妖精を見たの?」
「はい。現実だか幻覚だか怪しいですが……妖精のことはフェンリルであるキアランが詳しいと思って」
キアランは首を捻って考えました。
「妖精は確かにいたずら好きだよ。特にお菓子とか美味しい食べ物を盗んだり、隠したりするらしいよ」
「やっぱり! 妖精は手癖が悪いのですね!?」
「うん。でも、婚約指輪なんて大切なものを盗るかな……キラキラして綺麗だから?」
「きっとそうです。次に妖精に会ったら、指輪のありかを聞き出さなければなりません」
私はキアランに一つ秘密のお願いをして、夢から現実に戻りました。
それからは、執事のセドリックさんに虫取りの網と籠をお借りして、屋敷や庭を探索しました。もはや指輪探しではなく、妖精狩りです。
夢中で網を振り回す私を、王子様たちが窓から眺めてらっしゃいますが、なりふり構っていられません!




