6 いきなり海鮮
別荘に宿泊した翌朝は晴天でした。
私は美味しい朝ご飯をいただいた後に別荘の敷地内にある森を訪れて、あちらこちらに生えている珍しいキノコを観察して回りました。王都の周辺では見かけない昆虫もいっぱいいるので、スケッチブックへのメモが止まりません。
別荘に戻ると、王子様は感心して私のスケッチブックを捲りましたが、中はキノコと蜘蛛の絵で埋め尽くされているので、そっと閉じられました。
騎士団と使用人の方々は、後半の旅の準備をしています。
私も何かお手伝いすることはないかと、執事のセドリックさんに伺ってみました。白銀の髪とお髭が素敵なおじさまです。品良く和やかに教えてくださいました。
「夢使いの聖女ルナ様。別荘からすぐ近くに、ビーチコーミングに適した美しい浜辺があります。珍しい貝殻が沢山落ちていますので、夢の参考にぜひご覧になってください」
「な、なんと! それはぜひ行きたいです!」
セドリックさんは私が森の中でスケッチしながら徘徊していたのを見ていらしたのでしょう。最高にワクワクするご提案をしてくださいました。
早速、私たち「ビーチコーミング隊」はシェフの方に作ってもらったお弁当を持って。そしてバケツと熊手も装備して、浜辺に出発しました!
近いので歩いて行けると思うのですが、わざわざ馬車に乗ってお出かけです。
キアランは楽しみが過ぎて、ブンブンと尻尾を振ってやって来ました。後を追いかける私をサラさんは「日焼けします」と毅然と止めて、大きな帽子をかぶせ、手袋をはめさせ、日傘を差し、馬車に押し込むという徹底ぶりです。
来月行われる婚約発表の催し物……いわゆる「ルナ・マーリン大公開」で、主役が真っ黒に日焼けをしていたらまずいのです。エレガント先生の怒った顔が浮かんで、私は久々に姿勢を正しました。
そんなわけで、コソ泥みたいに全身を布で覆われた状態ですが……馬車が海辺に着くと、私は元気に砂浜に飛び出しました。キアランも追いかけて走り回ります。
真っ白な砂浜と青い海! 髪を撫でる爽やかな海風!
やはり目前に広がる海は迫力があって、爽快感が段違いです。
執事のセドリックさんがおっしゃっていた通り、砂浜にはキラキラと無数の貝殻や小石が落ちていました。まるで宝の山です!
目前の貝殻に飛びついて、あっちの珊瑚に飛びついて、こっちのヒトデに飛びついてと右往左往する私を、後ろから王子様とノアさんとクロードさんが並んで見ています。護衛というより、回遊魚を観察するみたいに。
オリビア様はとっくに靴を脱いで、海の中を走り回っています。
「おっ! 大きな魚がいるぞ! ……獲ったぞー!」
ビーチコーミングに来たはずなのに、オリビア様だけ素手で魚獲りをしています。私は駆け寄って、ありがたく魚を観察させていただきました。でもオリビア様がナイフで魚を捌き出したので、私は血を見まいと、急いで王子様のもとに逃げました。
「見てください! こんなに綺麗な貝を拾ったんですよ! 宝石みたいに艶々です!」
興奮して自分の掌を開いて見せると、王子様はその手を支えて一つずつ見てくださいました。
「よく見つけたな。このピンクと紫のは珍しい貝だよ」
「私が行ったことのある海とは生物の種類が違っていて、とても新鮮です! 海というのは、浜辺の数だけ別の世界があるのですね」
王子様は優しく頷きながら、白いサンゴ礁の欠片を指で摘んで、私の髪に飾って眺めました。「可愛い」と言葉にしていないのに、細めた瞳がそう言っているようで、私は照れました。
ああ、これは最高のビーチコーミングです!
王子様がいるだけで、何をやっても最高になってしまいます!
隣に突っ立っているノアさんは退屈そうに、波際にいるオリビア様を観察しています。
「あ~、あいつ何か焼き出したぞ」
振り返ってみると、海辺で煙が上がっていました。先ほどの魚を串刺しにして焼いているようです。
黙って見ていたクロードさんは悔しそうに顔を顰めました。
「オリビアめ……魚だけで済まないぞ。ありとあらゆる貝や蟹をルナに食べさせて、海鮮尽くしで喜ばせる算段だ。そうはいくか、俺だって……!」
クロードさんはその場から飛び出して岩場に飛びつくと、真剣に海鮮を探し出しました。
え? ビーチコーミングに来たはずが、「海鮮食べ放題」みたいな催し物にすげ替わっています。
ノアさんはクロードさんとオリビア様に心底呆れました。
「あいつら、ほんとズレてるよな。互いに天然だと陰口言ってるド天然同士だからさ」
ぶはは、と笑う私をノアさんが冷たく見下ろしているので自重しました。
「別種の天然は黙っていろ」とおっしゃりたいのですね? 目を見るだけでだいぶわかってきました!
そんな中、王子様は「よし」と気合を入れて体を伸ばすと、浜辺に向かいました。
「王子様も海鮮を探すのですか!?」
という私の驚きに、王子様は爽やかに笑って振り返りました。
「俺はルナに似合う貝殻を探す。髪飾りにしてプレゼントしたいから」
ギューン!!
なんたる嬉しみ、なんたる幸福!
過分なる尊さで私が仰向けのまま倒れたので、ノアさんは速攻で背中を支えてくださいました。抜け目のない護衛でございます!
「いや~、食べた食べた。満腹です!」
ビーチコーミングは「海鮮食べ放題」となって、私はオリビア様とクロードさんが競って獲った高級海鮮を山ほど食べたのでした。お二人は全身ずぶ濡れの砂まみれになったので、歩いて帰るそうです。
王子様は馬車の中で、私の髪に次々と貝殻や珊瑚を当てています。
「うん。これも似合うな。これも可愛い」
「えへへ……王子様は綺麗なものをいっぱい見つけましたね」
「ああ。ビーチコーミングなんて子どもの頃以来だけど、今日は楽しくて夢中になってしまった。ルナのおかげだな」
私は嬉しい尽くしの上に、感謝までされてしまいました!
……こうして最大限に浮かれる中で、事件が起こったのです。
それは馬車が別荘に到着し、玄関先で日焼け予防の装備を解いた時でした。
「ゆ、指輪がない……!」
ゆ、指輪がなかったのです!
王子様からいただいた、サファイアとアクアマリンの、金の婚約指輪が……!




