5 王子様の煩悩
そこにあったのは、もうもうとけむりを上げる湯溜まり……温泉です!
「お、温泉です! な、何故でしょうね!?」
おかしいです。私は確かにお花畑を設定したはずなのです。まさかまた煩悩が湧いて、温泉に書き換えてしまったのでしょうか? なんて破廉恥な!
私が狼狽しながら王子様を見上げると、王子様も動揺してらっしゃいました。いつもの王子様らしからぬ、たどたどしさです。
「ご、ごめん、ルナ……多分俺のせいだ」
「えっ!?」
「せっかくルナが花畑を作ってくれたのに……俺が煩悩で温泉に変えてしまった」
王子様は正直な告白をしながら真っ赤になってらっしゃいますが、私は驚きと過大なる萌えで仰け反りました。
「王子様がこの温泉を構築したのですか!?」
そういえば以前も、私の夢をジャックして教室を再現していましたね。さすが頭脳明晰な王子様です! でも王子様は、私の顔が見られないほど恥じております。
「よく見てみろよ……輪郭がぼやけているし、表現が曖昧だ。それに湯の色がピンクで変だ」
私は吹き出しました。動揺しているわりに、王子様はご自分の再現力をよく観察してらっしゃいます。
「先ほどの温泉で私が驚かせてしまったせいで、王子様はゆっくり入れなかったのではないですか?」
もしや温泉への未練かと思ったのですが、王子様はヤケになっているのか、首を振りました。
「違う。だって、ルナが温泉でいきなりあんな姿を見せるから……」
私は先ほどの失態を思い出して「あわあわ」としました。あの湯浴み着の記憶は忘れてほしいです!
王子様は逸らしていた目線を私に戻しました。ムクれてらっしゃいます。
「ルナと二人だけで温泉に入りたいって思っちゃったじゃないか。俺だって、男なんだぞ」
ズギャーン! と、私は頭のてっぺんに衝撃を受けました。
え、なんと? 王子様は私と一緒に温泉に……入りたい?
もう前半の文だけで打ちのめされているのに、最後の言葉は受け止めきれない威力があります!
「あ、そ、そ、そっかぁ~……」
余裕のないタメ語のお返事しかできず、私は子供みたいに自分の足を見つめました。多分、興奮してすごい顔になっているので、王子様を直視できません。あの半裸の記憶と今の台詞が合体して、とんでもない妄想が広がっています。このままいくと、夢使いの煩悩が暴走しそうです。そして自ら墓穴を掘りました。
「せ、せっかくなので、その、ピンクの温泉に入ってみましょうか?」
言いながら王子様を見上げると、驚いて目を見開いてらっしゃいます。
「え、ほ、ほんとに?」
珍しくどもった王子様の純真なお顔に私はとどめを刺されて、足下がグラつきました。岩場も温泉も深い森も揺れています。ピンクの温泉は茹だったように泡を噴き出しました。
「わ! ルナ!? 夢が崩壊する!」
「は、はいっ、すみません! リビドーの限界を超えました!」
皆様ご存知かと思われますが、私ルナはリビドーの上昇……いわゆるエッチな気持ちになると、夢から覚めてしまうのです。自分から入浴のお誘いをしておいて、自爆するという挙動不審な夢になってしまいました。
でも……なんて、なんて美味しい夢でしょう! 眠る前の王子様は冷静に私の緊張を解いてくださったのに、本心ではあのような煩悩を抱えていたなんて……可愛すぎます!
夜が明けて目を覚ました私たちは、顔を見合わせて笑いました。
はぁ。夢を見るたびに王子様が好きになってしまいます。
と……。
このように朝から甘々で舞い上がっている私は、この後大変なことが起きるとは、想像もできなかったのでした。




