4 緊張MAXの夜
王子様と私のためにご用意されていた別荘の寝室は、それはそれは素敵なお部屋でした。
「アンディ王子殿下の婚約者であるルナ・マーリン伯爵令嬢は夢使いであり、王子様と王国を救った聖女らしい……」という噂が別荘の使用人の間で広まり、最高のおもてなしをしてくださったのです。
まず、ふかふかの絨毯に踏み入ると、ムード満点のシャンデリアが迎えてくれます。窓は天井まで高く、濃紺の星空と海が見渡せます。中央の大きなベッドには半透明の輝く天蓋がかかっており、ベッドの上には色とりどりのお花が沢山散らばっていました。
あまりにロマンチックな寝室に圧倒されて、私は部屋の中央で口を開けたまま固まっています。
王子様はこんなロマンチックな景色に慣れてらっしゃるのか、サラさんがご用意してくださったハーブティーをスマートに淹れています。
私が何故こんなにガチガチなのかというと、先ほどこの寝室に入る前に、廊下でオリビア様とバッタリお会いしたのです。
私と王子様が同じ寝室だと知って、こんなことをおっしゃいました。
「ずるいぞ、アンディばかり! 今日こそは私がルナと一緒に寝て、同じ夢を見たかったのに!」
王子様はムッとして反論しました。
「ルナはレンタルじゃないんだ。俺専属の聖女なんだから」
出ました! 俺専属の聖女……何度聞いても響きます!
するとオリビア様は悔しそうに、捨て台詞を吐いたのです。
「旅先で添い寝なんて……エッチだ。アンディはエッチだな」
「は、はあ!?」
王子様のお怒りを無視して、オリビア様は行ってしまわれました。
うわわわ、なんて火種を残すのですか! そっと隣の王子様を見上げると、拗ねたように赤面してらっしゃいます。すごく色っぽいけど、気まずいです!
……なのに、お部屋に入ってからは緊張するのは私ばかりで、王子様はすっかり平常心なのでした。気持ちの切り替えが早すぎませんか?
私が木製の人形のようにギクシャクとソファに座ると、王子様は自ら淹れてくださったお茶をくださいました。
「あ、あ、ありがとうございますっ」
いつもと同じ添い寝なのに、私はカップの水面が揺れるほど震えています。
王子様は私の隣に座ると、リラックスした体勢で背もたれに腕を掛けました。
私は間近の半裸を思い出してしまい、近い距離に目眩がしました。お風呂上がりの良い香りがするのです。
「お、お、王子様? 先ほどはですね、その、み、みっともないお姿をお見せしてしまって」
「ルナ」
王子様は私のグダグダな謝罪を優しく遮ると、大きな窓を指しました。
「ご覧。満月が見えるよ」
「あっ! 本当ですね! 綺麗です~」
真ん丸のお月様が私たちを静かに見下ろしていました。ひんやりとしたその佇まいに、不思議と気持ちが落ち着きます。
「宮廷から見上げる月と同じですね」
王子様は右の方向を指して教えてくださいました。
「王都はあっちの方角だ。辺境はこの海沿いから内陸に入って、向こう側だ」
「まだ旅は続くのですね」
「ああ。ちょうど中間地点といったところだな。ここで二日間滞在する間に馬車を整備したり、積荷を追加するんだ」
王子様から旅の計画を聞いて、私の頭はようやく冷静になりました。今回の旅の目的は〝おサボり病〟に罹ってしまった方たちの予後を治癒するために、聖女隊を送って現地を視察することです。忘れてはいけません。
キリッとした私は、今夜見る夢も自信が持てそうです。さっきまであまりに情緒が不安定で、変な夢を見てしまいそうでしたから。
王子様は一つずつ明かりを消しましたが、月明かりは優しく室内を照らしていて、暗くはありませんでした。満天の星の煌めきが私たちを包んでいます。
ベッドの中に入ると王子様は優しくキスをしてくださって、そのまま手を繋いで横になりました。私は穏やかな気持ちで王子様に微笑みました。
「おやすみなさい、王子様」
「ふごっ……」
旅の疲れでしょうか。あっという間に眠りに堕ちました。
ここは深い森の入り口です。そう。辺境にある森を再現しました。
私と王子様は探検者の格好をして手を繋いで、森の奥に続く道を見つめています。
「王子様。ここには危険な動物はいませんよ。現実では入れない危ない森も、夢の中なら自由に探索できます」
「なるほど。それは面白いな」
「森の中にはユニコーンやら妖精やらがいますから、一緒に見つけましょうね」
私は途中の村で食べた妖精印の焼き菓子を食べて、すっかり妖精を見つけたい欲が高まっていました。夢の中なら、王子様を驚かすことができます。
森の中を歩いていくと、リスたちが演奏会をしていたり、噴水が水芸を見せてくれたりと、ファンタスティックなギミックをいたるところに仕掛けてありますので、王子様は驚いたり、笑ったりと楽しそうにしてらっしゃいます。
「あの茂みを越えたら、お花畑がありますよ」
王子様の手を引いて茂みに入り、そこを抜けると……。
「あれっ?」
なんと、そこにお花畑はなかったのです。
代わりに現れたのは、予想外のものでした!




