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【書籍化コミカライズ】夢見る聖女は王子様の添い寝係に選ばれました  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中
第五章

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3 やらかし寸前

 広い空と海が一望できる岩場には、温泉がもうもうと煙を上げて湧いています。湯の中には大きな岩が(そび)えており、それはワイルドな露天風呂です!


「星空と、海と、夕陽とお風呂です!!」


 私の感動の絶叫に、オリビア様は後ろで仁王立して頷いています。


「今が一番絶景のタイミング……あっ、ルナ! 走るんじゃない!」


 おもわず駆け出した私を、オリビア様は慌てて止めました。


「濡れている岩は滑るんだ! ルナがけがをしたら大変だ。アンディに申し訳が立たない」

「あ、危ないんですね、すみません」

「小走りもダメだ!」


 保護者同伴の状態で温泉の縁にたどり着くと、いきなり湯に足を入れようとした私をオリビア様はまた嗜めました。


「ルナ。急激な温度差は身体に負荷がかかる。こうして桶で湯をすくって、足下から徐々に湯温に慣らすのだ」


 私はオリビア様の助言を真剣に聞き、その通りに真似ました。

 充分に掛け湯で慣らして、いざ温泉に浸かると……。


「ふあぁぁ~……」


 私は一瞬で(とろ)けてしまいました!

「なんて温かくて、柔らかなお湯……なんて気持ち良さでしょうか! これは極楽、極楽でございます!」


 開放的な快楽に喜びが止まりません!

 すると、ここにいるのは私とオリビア様だけのはずが、別の人の声が聞こえたのです。


「まったく、令嬢のくせに大はしゃぎして……」

「へっ!?」

「全部こっちに丸聞こえだから」


 この声はノアさんです! いったいどこから聞こえてきたのでしょう!?

  私は驚きのあまり一度湯に沈んでから、慌てて立ち上がって周囲を見回しました。

 やっぱり隣にはオリビア様しかいないし、周りは岩だらけでノアさんはいません!

 オリビア様は笑って目前にある大きな岩を指しました。湯の中に聳えている巨岩です。


「これが衝立(ついたて)代わりになっていて、向こう側は男湯なんだ」


 私は改めてこの露天風呂の形を把握しました。お湯は繋がってるけど、この岩で互いが見えないのですね。でもわりと近くでご入浴されてるから、声は全部筒抜けという……。

 私は真っ赤になって、湯の中に入り直しました。

 この温泉は王子様の言う通り男女別々だけど、オリビア様の言う通り混浴で、どっちも本当でした。


 男湯でノアさんがご入浴中ということは、王子様とクロード様もいらっしゃるのでしょうか? お二人はお気を遣われて、声を潜めてらっしゃるのでしょうか? もし王子様がいらっしゃるなら、一緒にお風呂に入っているみたいで、ドキドキしてしまいます!


 私は思い切って、岩の向こうに声をかけてみました。


「あの、王子様はいらっしゃいますか?」

「……うん。いるよ」


 王子様のお声が聞こえて、私は舞い上がりました。お風呂でお話しするなんて、なんだかレアな機会です!


「あの、お湯加減はいかがですか?」

「……うん。いいよ」


 私のテンションとは真逆で、王子様はなんだか元気がないようなので心配していると、ノアさんが状況を説明してくれました。


「アンディは何故か照れてる」


 クロードさんが吹き出して笑い、王子様のムキになったお声が聞こえます。


「照れてないから!」


 おお、教室でじゃれてる男子みたいです!

 私も楽しくなって、右手側に見える水平線を振り返りました。


「王子様、見てください! 夕日が完全に海に沈んでいきますよ。ほら、右端に行くとよく見えます!」


 この楕円形の温泉の真ん中には巨岩がありますが、右側は視界が開けていて、海が一望できるのです。私は湯の中で立ち上がって、右側に走って近づきました。


「うわルナ、ちょっと待て!」


 王子様の声と水音が岩の向こうから聞こえたと思った直後に、私は巨岩の曲がり角で突然に王子様と出会ってしまったのです。


「えっ!?」


 私の妄想がそのまま現実に……湯けむりの中、王子様の麗しくも逞しい裸体が目前にあったのです! 王子様とは毎晩添い寝をしているとはいえ、もちろんパジャマを着ていますし、王子様の裸の上半身をこんなにバッチリ見たのは初めてだったのです。


「は、わ、わっ……」


 私の悲鳴を、王子様が咄嗟に手で塞いで止めました。覆い被さるような姿勢になって、王子様の逞しい胸は触れるほどに近い距離です! 良い香りと温度に包まれて頭が爆発しそうな私に、王子様は小声で教えてくださいました。


「ルナ。この温泉は繋がってるから、この位置に立つと男湯からルナが見えてしまうんだ」


 ……よく考えれば当たり前のことでした。真ん中にこの巨岩があるだけで、右端から一歩曲がれば男湯なのですから……。

 今、私と王子様はかろうじてその巨岩の曲がり角に隠れた状態となっており、みんなの死角になっています。

 私は自分のドジぶりが恥ずかしくなって、茹で(だこ)のまま頷くしかありませんでした。王子様が止めてくれなかったら、思いきり男湯に飛び出してしまうところでした。


 私が王子様のお顔を見上げると、王子様はなんとも色っぽい表情で頬を赤らめて、目を逸らしたまま、私の身体を反対側に向かせました。


「ほら、女湯に戻ってちゃんとあったまるんだ」


 急にそっけない口調で私を女湯に押し込み、王子様は男湯の方に戻っていきました。


 私はオリビア様のいる場所に戻りながら、ふと自分の姿を見下ろして我に返りました。 裸ではないけれど、水着のような湯浴み着は露出が高く、破廉恥ではないですか! このような状態で王子様に出会ってしまったとは、とんでもないことをしでかしました。

 羞恥でのぼせた私は湯に沈んだのでオリビア様に救助していただき、サラさんによって陸に引き上げられたのでした。



「いやぁ、助かりました」


 ソファでのぼせたまま伸びている私に、サラさんが扇子(せんす)(あお)いでくださいます。

 あれからなんとか温泉から別荘の自室に戻って、そのままダウンしたのでした。

 温泉の温度と海の絶景と、王子様の……眼福なお身体に当てられました。


「私のあられもない姿を見られてしまったのは羞恥の極みでございますが、せめて小さなリボンが可愛い湯浴み着でしたので……助かりました」


 事の成り行きを知らないサラさんは私の報告に首を傾げて、珍しく独り言を呟きました。


「お風呂に完全に沈んでいたから、意識が混濁している?」


 おっしゃる通りかもしれません。自分の中で何度も半裸の王子様がリフレインしているのですから、半ば夢の中なのかもしれません。


 幸せそうにニヤけている私をサラさんは見下ろしながら告げました。


「王子様とご一緒におやすみされる寝室のご用意ができています」


 ドキーッ!

 私の心臓は跳ね上がりました。いやいや、それはそうです。ここが別荘とはいえ、宮廷と同じように王子様の夢をお守りするのが〝夢使いの聖女〟である私の役目なのですから、寝室が一緒なのは当たり前です。

 でも、眠る場所が違うからでしょうか? それとも、先ほど刺激的な半裸を見てしまったからでしょうか? 私は今までにない緊張と羞恥が込み上げました。


 え? あの逞しくも麗しいアンディ王子殿下と、私が添い寝を?

 これまで何度も繰り返してきた驚きが湧きます。

 夢使いって、なんて美味しい……いえ、尊いお仕事なんでしょうか!

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