2 極楽温泉でございます
馬車は別荘に近づきました。高い建物の屋根が見えます。
私はログハウスみたいな建物を想像していたのですが、ぜんぜん違いました。広大な敷地を持つ、立派なお屋敷です!
さすが王族が所有する別荘ですね。王国の各地にはこのような別邸が点々とあるそうですが、全部訪れて制覇してみたいものです。
別荘の背後には深い森があり、妖精が棲んでいそうな自然の豊かさがあります。
天然の温泉と、妖精と出会えるチャンスと……楽しみが山盛りですが、やっぱり辺境に来たからには、名物のジビエ料理でございます!
高い天井から下がったシャンデリアが大きなテーブルを照らしていて、食堂は明るく広々としています。この別荘の執事を始め、使用人の方々が配膳のお世話をしてくださいます。
目前に整然と並んだお皿とカトラリーに期待が高まります……。別荘のシェフはどんなジビエ料理を披露してくださるのでしょうか。
すると。お夕食が始まる頃になってようやく、遅れていた馬車が別荘に到着したようです。
廊下がガヤガヤと騒がしくなって、バーン! と食堂の扉が開きました。
現れたのは、オリビア様ご一行でした。
「いやー、遅れてすまない! 途中で鹿を追っている狩人たちがいたから、つい狩りに参加してしまった」
オリビア様は相変わらずマイペースなご令嬢です。
テーブルにすでに着席している王子様もノアさんもクロードさんも、しらけた目で流しています。いつものことなのでしょう。
「矢を放って狩った巨大な鹿を、その場で捌くんだ! こうしてこう、ザクーッと。ルナに見せてあげたかったな」
オリビア様はカトラリーのナイフを使って、生々しく生肉の捌き方を教えてくださいました。これからまさに、ジビエをいただくというのに……。
でも、この後出てきたジビエ料理はとても美味しゅうございました! さすが王族の別荘、五つ星レストランです!
さらにオリビア様のおかげで、狩られた命の重みとありがたさが身に染みました。ご本人も神妙なお顔で空のお皿に祈りを捧げています……。
と思ったら、企むようなお顔をこちらに向けて、前のめりになりました。
「ルナ。ここの温泉は混浴だよ」
「え!?」
「海を見渡せる絶景の露天風呂だけど、混浴なんだ」
「え、え、そ、そうなんですか?」
私は動揺して、何故か三強騎士様の裸の絵が浮かんでしまいました。三人とも日々剣術や体術で鍛えられているので、きっと逞しいお身体のはず……いえそんな、いやらしい気持ちではなく、芸術的な観点からの興味でして……と、覗き魔みたいな欲望と言い訳が交差します。
ノアさんは昔を思い出したように溜息を吐きました。
「子供の頃、この別荘に遊びに来るたびにオリビアは岩を登って、俺たちの入浴を覗いたよな。山猿かと思いきや侯爵令嬢だから驚くわ」
なんと、覗き魔はオリビア様だったようです。岩を登ってまで覗くとは、気合いが入っています。困惑する私に王子様は教えてくださいました。
「脱衣所も温泉も男女は分かれているから、大丈夫だよ」
え⁇ 混浴ではない?
どっちが本当の情報でしょうか?
きっと、オリビア様は私をからかってらっしゃるのでしょう。
私は王子様を信じて、温泉の時間を楽しみに待つことにしました。
温泉の前に湯浴みをする……。
私は意味がわかりませんでしたが、侍女のサラさんに促されて髪や身体を洗ってもらいました。どうやら温泉というのは、綺麗な状態で入って身体を温めたり癒したりするものらしいです。
全身がピカピカになったら、水着のような湯浴み着を身につけます。自分しか見ないだろうに、小さなリボンやレースが飾られて可愛らしいものです。
その上にガウンを着て、私はオリビア様と一緒に別荘の敷地内にある、海岸へと繋がる階段を下りました。一段ごとに海が近づいてくるのがわかります。
日が落ちかけたオレンジの水平線の上には紺色の夜が重なっていて、美しい景色に見惚れます。
「オリビア様。波の音が聞こえますね。海風が気持ち良いです」
「ああ。こんなロマンチックな風呂にルナと一緒に入れるなんて、嬉しいよ」
オリビア様のお声は凛としているので、同性なのにドキドキしてしまいます。
オリビア様は狩りをしたり、道場破りをしたり、岩登り覗きをするような蛮勇さがあるのに、先ほどのディナーでのマナーは完璧でした。さすがの侯爵令嬢でございます。
王子妃教育でヒイヒイ言った挙句に旅行を理由に逃げている私は、オリビア様に淑女のコツを伺うことにしました。
「あの……どうしたらオリビア様のようなご令嬢になれますか?」
「ん? 私のように? まずは鍛錬だな! 剣術と乗馬と弓と……」
「いや、そっちじゃなくて、淑女らしさの方です」
オリビア様はキョトンとした後に大笑いしました。
「私よりルナの方がよほど可憐じゃないか! ルナは今のままで充分淑女だよ!」
オリビア様に強めに背中を叩かれて、私は咳き込みながら笑いました。侯爵令嬢に太鼓判を貰ったので、これで良しな気がしてしまいます。
岸壁の階段を下りきると、明かりの灯った脱衣所がありました。木製の小さな小屋です。
あ、入り口に「女湯」と書かれています! やっぱり王子様のおっしゃる通りでした。
いよいよ温泉を目前にして、私は意気揚々と備えられた籠にガウンを脱ぎ捨てたのですが……。
「うっ!?」
同じようにガウンを脱いだオリビア様の美しいスタイルを目の当たりにして、私は固まりました。
長い手脚に鍛えられた身体、女性らしくメリハリのある曲線……。
それに比べたら、私はペチャンコでちんまい、まっ平な……子供のようです!
凝視して動かなくなった私を、侍女のサラさんが温泉に誘導してくださいました。ナイスな介助です。
「う、うわー!!」
一転、私は目を輝かせて叫びました。見たことのない絶景がそこにあったのです!




