1 いざ王家の別荘地へ
第五章始まりました!
私とアンディ王子殿下と近衛騎士を乗せた馬車は、王都から離れた郊外の海岸線にやって来ました。青い空の下、輝く大海原が広がっています。
「わあー、海です、海です、王子様!」
興奮した私は当たり前のことを叫びますが、王子様は私に合わせて「本当だ」みたいなお顔をしてくださいます。そして腰を浮かせる私が馬車の揺れでぶっ飛ばないように、さりげなく支えてくださるのです。なんて優しいお心遣いでしょうか!
「ジェントルの中のジェントルでございます」
いけない。また脳内の思いが口に出てしまいました。
私が旅の間中こんな調子なので、ノアさんはすっかり慣れてしまったのでしょう。もはや毒舌もツッコミもありません。
「あ。村が見えて来た。は~、やっと天然の動物園から出られる」
伸びをしているノアさんに、私は思わず尋ねました。
「天然の動物園って何ですか?」
するとノアさんは私とキアランと、クロードさんを指しました。
「この狭い空間に天然が三匹もいるからさ」
出ました、久しぶりの毒舌です。でも私はノアさんの毒に耐性ができてしまったのか、あまり効きません。
私はキアランを高く抱っこして、海をよく見せてあげました。
「ほらキアラン。本物の海ですよ。やっぱり夢の中よりリアルですねえ」
「ワンワン!」
海って不思議です。見る場所によって青の色が違いますから、私はこの日見た海を忘れまいと記憶に刻みました。鮮やかな濃い青と真っ白な砂浜……。いつか王子様と見る夢に登場させたいです!
辺境へ向かう馬車列は、途中にある村で休憩を取りました。
小さな村ですが活気があって、野菜や果物が沢山売られています。
「あれです、辺境名物の焼き菓子です!」
馬車から降りてすぐ屋台に飛びつく私の手を、王子様は繋いでくださいました。王子様は馬車の中で上衣をお着替えして、市場に行った時と同じように騎士見習いの平民を装っています。これなら村人も王子様だとわかりませんね。
おばあさんが営む屋台には、焼きたての丸いお菓子が並んでいました。
「あっ!? 妖精!?」
こんもりとしたお菓子の真ん中には、妖精の焼き印が付いています。
おばあさんは笑顔で教えてくださいました。
「妖精印の焼き菓子だよぉ。この辺は妖精が出るからねぇ」
「ほ、本当ですか!?」
なんと! 辺境に近いとはいえ、深い森からは距離があるのに、のどかな場所には妖精も出没するのでしょうか。これは良いことを聞きました!
「王子様。この旅で妖精に出会えるかもしれませんね」
「ああ。ルナが良い子にしてたらな。この菓子を二つ貰うよ」
私の確固とした台詞を王子様は適当に流したので、私はますますムキになりました。絶対に自分の目で妖精を見たいし、王子様を驚かせたいです!
聖女の皆様を乗せた馬車と騎士団の一行が遅れて到着したので、私はリフルお姉様と合流しました。でも、すぐにお別れせねばなりません。
私と王子様が乗る馬車はこれから王族が所有する別荘へ向かうけど、聖女の皆様と騎士団の一部は近くの町にある大きな教会に向かうからです。
「ルナ? いくら旅行だからといって、油断してはダメよ?」
お姉様は両手に山盛りの焼き菓子を抱えながら心配しています。
お姉様がおっしゃっているのは、もちろん王子様のことです。
「別荘には温泉があると聞いたけど、ルナが覗かれないか心配だわ」
「ま、まさか! 王子様が覗きなんてしませんよ!」
「そうかしら……。旅に浮かれて羽目を外すんじゃないかって」
王子様は私の隣で苦笑いしています。お姉様は名指しを避けるけど、明らかに王子様を警戒しています。聖女という立場上、仕方なく教会に向かうお姉様ですが、本当は別荘に同伴して王子様を見張りたいのでしょう。
でも、馬車列からお声が掛かったので、リフルお姉様は名残惜しそうに私たちの前から去りました。
「リフルお姉様! 二日後に目的地でお会いしましょう!」
「ええ、ルナ。どうか良い旅を」
ギディオン騎士団長がお姉様をお迎えに来てくださいました。騎士団長も教会に同行してくださるので、私は安心して王子様と一緒に馬車に戻りました。
「義姉上は相変わらず俺に厳しいな……。まあ、旅に浮かれてるのは否定しないけど」
王子様の呟きに、私は驚いて見上げました。
「え? 王子様は浮かれてるんですか? 落ち着いて見えますけど」
「浮かれてるよ。ルナみたいにわかりやすくないだけだ」
確かによく見ると、王子様のバイオレットの瞳は少年のように純粋に輝いています。騎士見習いを装ったその姿が、より純朴で可愛らしく見えます。
私は胸がキュゥンと鳴って、キアランを抱き締めました。
「村人の王子様もいい……」
なんだか矛盾した感想ですが、私の語彙力の限界です!
電子書籍2巻の配信を記念して、連載を再開しました!
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コミカライズ企画も進行中です。お楽しみに!




