30 夢使いと王子様の旅
第四章の最終回です!
あれから一週間が経って。
アンディ王子殿下とエヴァン王太子殿下は、再び握手をしています。
「お疲れだったな、エヴァン。エンバドル軍は大人しく撤退したのか?」
「うん。全部切り刻んだからね。裸で無抵抗のまま、国境から逃げ出したよ」
エヴァン王太子殿下は相変わらず爽やかなお顔で、過激なことをおっしゃいます。
敵軍は王様と王太子様の剣によって、鎧どころか服まで刻まれてしまったのでしょうか。
国境に配備されていたエンバドルの全軍は撤退し、エンバドル王は原因不明の体調不良で寝込み、この戦争はいつも通り、敵国の敗戦によって終結となりました。
こうしてグレンナイト王国の平和は守られたわけですが、一つだけ仕事が残っています。
「ルナも本当に行くのか? キアランと一緒に宮廷で留守番しててもいいんだぞ」
「私も一緒に行きたいのです。辺境には行ったことがないですし、キアランが住んでいた森の少しでも近くに行ってみたいですし」
王子様は遠出の旅に私が同行するのを心配しておりますが、私はキアランを抱っこして、行く気満々の前のめりです!
辺境の村で起きた奇病の事件は、キアランの岐路の夢と私の悪魔退治の力を以て解決しましたが、この王国で一番長い昏睡の被害にあった村民たちは、事後の健康状態がよろしくないということで、大聖女であるお姉様と教会の聖女たちが一同に集結し、治癒の出張に向かうのです。
それに私が同行すると言い出したので、王子様も側近のクリフさんも、さらに侍女のサラさんも一緒に付き添うこととなり、そこに護衛のための騎士団も追加され、大所帯の移動となったのです。
心配顔の王子様に、私は毅然とした顔で言いました。
「この国を精神攻撃から守る、夢使いの聖女として……そしてアンディ王子殿下の未来の王子妃として、国防の要となる辺境をこの目で確かめておきたいのです」
なんて格好良く言ってみましたが、実のところ、遠征によって学園のお勉強も、エレガント先生による王子妃教育もしばらくお休みとなるのが、私的に美味しいポイントでございます!
王子様は感激して私を見直すかと思いきや、「ふーん」と訝しむお顔なので、私の邪な魂胆は見透かされているのかもしれません。
「なるほどな。ずいぶん熱心に辺境の名産の食い物だとか、飯屋だとか、植物やら昆虫を楽しそうに調べてたもんな」
ギクッ、ギクギクッ。やっぱり王子様には私の考えが筒抜けのようです。でも、王子様は楽しそうに笑いました。
「まあ、想像力には経験が必要だろうし、夢使いにはこの王国の良いところを、いっぱい知ってもらわないとだな」
「そ、そうです、そうです! 決して辺境名物の焼き菓子だとか、ジビエ料理だとか、そういうのに釣られてるわけじゃないですからね! ね、キアラン!」
「ワン!」
キアランも私の言い訳に賛同してくれました。
こうして私と王子様と二人の、初めての旅行……実際には沢山のお付きの人が一緒ですが、辺境への「婚前ラブラブ旅行」が決定したのでございます!
♢♢♢
沢山の馬車が沢山の聖女たちを乗せて。王都を出発しました。
大聖女であるリフルお姉様を筆頭に、同年代の聖女たちがいっぱいです。
そんな聖女たちは聖女らしからぬ「キャーキャー」声を上げております。それもそのはず、アンディ王子殿下をはじめ、三強騎士様にマッチョ揃いの王宮騎士団と、豪華な顔ぶれが揃っていますので。
馬車の中では、私の隣に王子様が。正面にはクロードさんが。その隣にはノアさんがいらっしゃいます。王子様の近衛騎士として、お二人が一緒の馬車になったのです。うっ、またしても美の密度が高い密室でございます。
「クロードさん、すごいプレゼントの数ですね。ノアさんも」
お二人はリボンが付いたお花やお菓子や何かの包みを山ほど持っています。どうやら聖女さんたちからいただいたみたいで。
ゴソゴソと箱を開けてお菓子を食べるクロードさんは、私にも笑顔で一つくれました。あ、王都の人気菓子店のクッキーです。
「ルナ。好きなだけお食べ。ほら、バカでかいハートのクッキーだ」
「あ、ありがとうございます」
王子様はそんなやり取りに横槍を入れました。
「ちょっと待てクロード。ルナの名前を呼び捨てにするな」
「アンディ。すまないが、ルナはもう俺の妹だしな……」
出発早々、険悪でございます。
それにしてもクロードさんはとてもモテるのに、女性たちには塩対応です。私の不思議そうな顔を見て、ノアさんは説明してくださいました。
「クロードは自分に群がる女が全部ヴォルフズ公爵夫人に見えて、怖いんだって」
「へ?」
私はあの、赤髪の女暗殺者のような公爵夫人を思い浮かべました。
クロードさんは憂鬱そうに溜息を吐いています。
「獲物を狙う目が母上のようで、俺は怖い。その点、ルナの目はぼんやりしていて……優しいから安心なんだ。多分、他の兄弟も同じだと思う」
なるほど。クロードさんがスン、として目を合わせないのは、女性が怖いからなんですね。クールを気取ってるのでなく、怯えていたとは。人ってわからないですね。
感心してクッキーを齧りながら隣の王子様を見上げると、やはりクロードさんの天然ぶりにムスッとしております。
ふへへ。不機嫌なお顔も色っぽい! こっそり眺めていたら、王子様は視線に気づいてこちらを見下ろして、途端に優しい微笑みをくださいました。ひゃあ、なんて尊い、柔らかな笑顔でしょうか! 馬車に差し込む日差しがバイオレットの瞳をピンクに照らしています。
キアランを抱っこしている私の腰に手を滑り込ませて、グイと自分の間近に寄せました。
「ルナ。辺境に着いたら、一緒に名産のおやつを食べて、ディナーはジビエにしような」
「えへへ、楽しみですう!」
「目的地の村には温泉もあるぞ」
「わあ、温泉は見るのも入るのも初めてです!」
キアランも興味があるのか、「キュウン」と鳴いています。
甘やかす王子様の掌に私はコロコロと転がされて。心地良い夢のようです。
隣に大好きな王子様。
膝の上には可愛い珍獣が。
見目麗しい近衛騎士を侍らせて……。
あら? これって、児童書に出てくるお姫様ではないですか。
なんと。ずっと夢に見ていた世界が、いつの間にか現実で叶っていたのです。
私は最高潮にニヤけて、王子様の腕をギュッと抱き締めたのでした。
この幸せな夢が、ずっとずっと続きますように。
第四章 おわり
第四章をお読みくださりありがとうございました!
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今作の書籍は2月に発売されました!コミカライズ企画も進行中。お楽しみに!




