29 キアランのご主人様
私と王子様とキアランは、ポカポカの芝生の上でお昼寝をしました。
「ふごっ……」
そしてここは……白と黒の世界。キアランの岐路の夢です。
「これが岐路なのか。なんて景色だ」
王子様は放射状に広がる無数の道に圧倒されています。
キアランは私に抱っこされたまま言いました。
「いろんな人の夢に繋がってるよ」
王子様は驚いて仰け反りました。
「うわ、 犬が喋った! って、夢の中では喋るのか……」
「王子様。犬ではないですよ。珍獣です。フェンリルですから」
ユニコーンやドラゴンなど、珍獣には様々な力があった、とされています。
フェンリルであるキアランには私と同じ夢使いの力がありますが、人々の精神に介入する「岐路の夢」という特殊な力です。
王子様は無数の道を見渡しながら、キアランに聞きました。
「キアラン。お前のご主人様はどうなった?」
王子様の質問に、キアランは無垢な声で返しました。
「死んじゃった」
今度は私が驚きました。
「え!? し、死んじゃった!?」
代わりに王子様が応えました。
「昨晩のサーカス団の逮捕時に、最後まで抵抗した奴が一人、応戦の末に死んだんだ。そいつがキアランを閉じ込めて虐待していた当人だったようだ」
キアランが続けました。
「僕とご主人様だった奴との契約は切れたんだ。だから僕はルナと契約を結ぶことができたの」
「け、契約って、なんなんですか??」
やはりあのラベンダーの夢の中で、キアランの瞳の色が黒から金色に変わったのは、意味があったようです。
「僕の目は飼い主の色を映すから。ルナの髪と同じ金色になったよ。ルナは飼い主だから、僕はルナの言うことを聞くよ」
「か、飼い主だなんて。友達と言ったじゃないですか」
キアランは少し考えて「ともだち」と呟きました。意味がまだわからないようです。
王子様は私からキアランを取って、抱き上げました。
「キアランよ。お前を縛っていたご主人様は、エンバドルの王族たちに仇をなすなと躾けていただろう?」
「うん。僕はエンバドル王国に牙を剥かないと約束した」
「でも主は死んで、お前は何の枷もないわけだ」
私は王子様の悪巧みに、ピンときました。
「王子様? もしかして……岐路を使ってエンバドル王の夢に侵入し、悪さをするおつもりですか?」
「ご名答。二度と人の国や物を盗もうなんて考えられなくなるような、とんでもない悪夢を見せてやろうぜ」
王子様の妖艶にして悪いお顔に、私の背中はゾクゾクゾク、と震えました。
私の中の悪い部分が増長するみたいに、あらゆる悪夢のイメージが湧きます。
「ふひひ……王子様は悪いことを企みますね。ついでにエンバドル王が二度と珍獣に手出しできないよう、とんでもないトラウマを植え付けちゃいましょうか」
王子様と私の悪代官みたいな顔を見比べて、キアランは楽しそうに笑いました。
「精神世界の侵略返しだね? 僕とルナの力を合わせたら、エンバドル王の所まで行って、無理やり意識を落とせるよ」
「よっしゃ! ルナ。とっておきの悪夢を見せてやれ」
「お任せください、王子様!」
私たちはキアランの指す方向に、岐路の道を飛びました。
グングンとすごい速さでエンバドルの国境を越え、王城に侵入し、ついには王座にいる王の意識まで辿り着いたのです。
グレンナイト王国への精神攻撃が失敗に終わり、エンバドル王は家臣たちに怒鳴り散らしている最中でした。成金みたいに豪華に飾り立てた、人相の悪い王様です。
ガクン!
エンバドル王は突然白目を剥いて意識を失うと、その場に倒れました。
強制的に私の夢の中に堕とされたのです。
「ひっ? ぎゃあああーーー!!」
エンバドル王の、とんでもない絶叫が響き渡りました。
王子様もキアランもドン引きするような、私の悪趣味を極めた悪夢でございます。
想像力というのは、美しさや、可愛いさだけを鍛えているわけではありません。むしろ恐ろしく悍しいもののリアルな質感や音や世界観の構築こそが、夢使いの腕の見せ所でございます。
で、エンバドル王にどんな悪夢を見せたのかって?
それは私めの秘密のレシピでございますので、お見せすることはできません。
夢使いの、守秘義務ですから!
次話で第四章の最終回です!




