28 王子様の不良な企み
私はキアランと一緒にピンクの雲を眺めていたはずが、気づくと泉の辺りにいたのです。
ハンター家を訪ねた時に着ていた、淡いエメラルド色のワンピースを着て。
隣には、グレンナイト王国の第二王子として正装をしたアンディ王子殿下がいらっしゃいました。
「ふおお、王子様!」
「ルナ。探したぞ。会議から戻ったら寝室にいないから」
「あ。私、お姉様の膝枕で寝ちゃったんでした」
きっとこれは、明け方の夢です。朝の爽やかな風を感じます。
それにしても、さすがの王子様……。
「ふへへ、格好いいですねぇ」
「ルナは正装が好きだな」
「だって、王子様然として素敵ですから!」
ちょっと緊張しちゃうこの高貴な感じが、グッとくるんですよねえ。正装フェチってやつでしょうか?
王子様は王子様らしく気取って、私のちんまい指を御手に取って口付けをしました。
「ルナも可愛いよ。そのドレスを俺のために着てほしかったんだ」
はわわ、甘い! 王子様のバイオレットの瞳が蕩けるように私を見つめていて……。甘すぎます!
「お、おうっ、そ、そうですか」
わあ、オットセイみたいなダサい返事。ロマンチックを演出できない私……。王子妃教育の無力さを感じます。
「あ、あの、軍事会議はどうなったのですか? その、ま、まさか戦争なんかに?」
「ならないよ。大丈夫だから安心しておいで」
王子様はひょいと私を抱えると、膝の上に載せました。私がキアランにそうしたように。
朝日で輝く妖精の泉がよく見渡せます。小鳥が囀り、樹々がさざめき。
私はなぜだか、また涙が溢れました。王子様はそんな私を後ろから抱いて、耳元でおっしゃいました。
「ルナ。俺は生涯を懸けてこの王国を守り抜いて、平和で幸せな世界をルナにあげると約束するよ」
王子様は私の不安をわかってらっしゃいます。宣戦布告によって絶望した昨晩から、私の足元は不確かとなり、不安と恐れでずっと揺らいでいると。
王子様の逞しく優しい抱擁が、私を漠然とした不安から遠ざけてくれます。
平和で幸せな世界をくれるだなんて、さすが王子様ですね。約束がバカでかいです。
王子様はあのアクアマリンの婚約指輪がある私の左手を取って、指に再びキスをしました。
「ルナの瞳に誓うよ」
「王子様……」
甘くて優しくて、世界が溶けてしまいそうなキスをした後に、王子様はおっしゃいました。
「エンバドルとは戦争にはならない。一方的に分からせるだけだ」
不良らしく不適な笑みを浮かべています。
ひいん、そのお顔も実に色っぽいです!!
♢♢♢
翌朝の宮廷の大きな門にて。
私は青ざめて立っております。
王子様は戦争をしないとおっしゃったのに、王宮騎士団は錚々たる装備に馬や馬車を揃えて、思いきり出軍しようとしているのです。そこには兜を被った王様と王太子様まで。話が違います!
私の情けない顔を見て、エヴァン王太子殿下がこちらにやって来ました。
「ルナさん。ご安心ください。これは戦争ではなく、一方的な破壊活動ですから」
爽やかなお顔で、恐ろしいことをおっしゃいます。
「は、破壊活動?」
「王と一緒に国境沿いに向かい、エンバドルの武器、装備、要塞、すべてを切り刻んで、しばらく戦いなどできないように分らせてきます」
ひえっ、確かに王族の剣は生物を斬らないですが……。物凄く乱暴なことを王太子様は誠実な瞳で語るので、心がバグります。
エヴァン王太子殿下は私の隣にいるアンディ王子殿下に握手を求めました。
「じゃあ、アンディ。少しの間、王国を任せたよ」
「ああ。どうせこっちにはエンバドルの軍も来れないし、ゆっくり茶でも飲んで待ってるよ」
王子様は気怠く応えて、エヴァン王太子殿下は笑顔で手を振りました。
ゾロゾロと王宮を出ていく騎士団を、王妃様と宰相様たちと一緒に皆でお見送りしました。
「ああ……。本当に行っちゃいましたね。エヴァン王太子殿下のああいうところ、やっぱりアンディ王子殿下に似ています」
「ああいうところって、どこが?」
「根性入ってるところです」
王子様は笑って私の手を引きました。
「さあルナ。庭で昼寝しよう」
「えっ?こんな時に!? 王国を任せたと言われたじゃないですか!」
王子様の不良が過ぎます。
私はどんどん手を引っ張られて、明るい中庭に連れて行かれました。
そして遠目に、信じられない光景を見たのです!
「え! キアラン!?」
青空の下、緑の芝生で。お姉様と一緒に元気に走り回る黒い子犬……いえ、フェンリルの子供がいたのです! 金色の瞳を輝かせて、ピンクの舌を可愛らしく出して……。少し後ろ足を引きずってはいますが、信じられないくらい回復していたのです!
「お、お姉様、キアラン!」
私はキアランに駆け寄って、キアランも私に飛びつきました。
「キアランが……一晩でこんなに元気に!?」
お姉様は両手を腰に当てています。
「大聖女の力に掛かればこんなものよ。……と、言いたいところだけど、フェンリルはやはり犬とは違うわ。もともとの治癒力がきっと高いのね」
「キュ〜ン、ワンワン!」
あれ? キアランは犬みたいに吠えています。どうやら人間のように喋るのは夢の中だけのようです。
王子様が芝生に座ると、キアランは王子様のもとに走り寄り、お腹を見せて尻尾を振っています。
「お〜、よしよし。宮廷の芝生はどうだ? 飯もうまかったろ? ん?」
「ワン!」
いつの間にかすっかり手懐けて、しかもなんだか恩着せがましい口ぶりです。
私が先にお友達になったのに、ちょっと悔しいです。
王子様はキアランを抱っこして、私を見上げました。
「ルナ。これから俺とルナとキアランで昼寝をしよう」
「えっ?」
「キアランに案内させるんだ。お礼参りだよ」
王子様は極めて不良らしく、悪い顔でニヤリとしました。
はうう、その悪いお顔はやっぱり色っぽいです!!
あと二話で第四章は終わりです!
最後までお付き合いいただけたら幸いです!




