26 お疲れ騎士団
一人。二人と。
宮廷の中庭にある巨木の下で、私たちはバラバラと目覚めました。
「ふわぁ……」
寝ぼけ眼でノアさんもクロードさんも、ギディオン騎士団長も。屈強なハンター家一同も精神力を使い果たして、さすがに気怠そうです。
私は起き上がってすぐに、王子様のお姿を確認しました。
「ん……。ルナ。おはよう」
いつもの色っぽい寝起きのお顔に、私は現実に戻ってこれた喜びでいっぱいになりました。
「王子様……立派な剣筋でございました」
「ああ。まさか窮地の当日にやっと剣の力に目覚めるとはな」
王子様は苦笑いしています。
「ルナ!!」
後ろからオリビア様が興奮して抱きついてきました。
「君はなんてすばらしいんだ! かわい子ちゃんかと思ったら、勇ましくて痺れたぞ!!」
オリビア様の熱烈なハグから、王子様は私を引き剥がしました。
「俺のルナに無断でくっつくな!!」
起きて早々喧嘩でございますが、リフルお姉様をはじめ、クリフさんもサラさんも、精神世界の戦争を待っていた人たちから安堵の声が上がり、宮廷の庭は歓喜に包まれたのでした。
♢♢♢
「よくやってくれた。夢使いの聖女、ルナ・マーリン殿」
王様と王妃様は並んで、私を労ってくださいました。
「い、いえ、これもアンディ王子殿下の剣盾の力があってこそ……じゃなければ、勝つことはできませんでした」
エヴァン王太子殿下は微笑んでらっしゃいます。
「やはり、ルナさんのお部屋の扉が斜めに斬られていたのは、剣盾の力だったでしょう?」
「はい。確かに殴ってあんなふうに、斬れないですもんね」
「アンディは結局、剣も盾もルナさんのために開花したんだね」
「え、でへへ……」
隣にいるアンディ王子殿下も、真顔のまま赤面してらっしゃいます。
「で? エヴァン。サーカス団が連れている犬はどうするんだ?」
「うん。王宮騎士団が直ちにサーカスの団員を捕らえに向かう。黒い犬を探すよう伝えてあるよ」
私は慌てて叫びました。
「フェンリルを……! その犬をどうか殺さないでください! あれは森に棲んでいた珍獣で、夢使いの力を人間に利用されただけなんです!」
エヴァン王太子殿下は頷きました。
「もちろん、仰せのままに。夢使いの聖女様のご意向に、すべて従います」
え、まるで私が権力者のようです! 王太子様が誠実な瞳で胸に手を当てたので、興奮して「むふぅ」と鼻息が荒くなってしまいました。
「あの……。これは如何なさいましょうか」
遠慮がちにお声をかけたクリフさんは、巻物を両手に載せています。夢の中で退治した大量の悪魔たちがここに封印されているので、ものすごくバッチィものを扱うみたいな、沈んだお顔です。
「あ、一応中を改めて、王様に見ていただいてから金庫に保管しましょうか」
私がテーブルに巻物を広げると、王様も王太子様も騎士団も、全員が「うわ」というお顔で仰け反りました。
巻物には様々な形体とポーズの悪魔たちが、魚拓のように紙に張り付いています。
「ほら、見てください。羽があったり尻尾があったり、いろんな種類があって、夢の中ではこーんなに大きな奴も、封印するとちっちゃくなるんですよ。不思議ですよね!? ほらほら、これ見てください! 髪が長い奴! これは美男子に化けるので厄介な奴!!」
スイッチが入って饒舌に喋る私を、皆さんは凝視しています。
あ、いけません。オタク特有の早口仕草が出てしまいました。私は王子妃教育を思い出して、お口に手を当てて「おほほ……怖いですわぁ」とお上品に締めました。アンディ王子殿下が吹き出して笑ったので、やはりおかしかったようです。
そんなこんなで、悪魔の巻物はまたあの頑丈な金庫に仕舞われました。宮廷の金庫はまるで、悪魔のコレクションボックスになりつつありますが……。
悪魔討伐に参加した皆さんは精神力を使い果たし、異常に空腹になっていたので、王宮騎士団がサーカスを取り締まりに行っている間に、夜食が配られました。
ノアさんはパンを齧りながら周囲を見回して、王子様に聞きました。
「あれ? オリビアは?」
「悪いサーカスを討伐する!って、騎士団の先頭に立って出発した」
「バカじゃない!? ゴリラなの?」
あんな美女なのに、ノアさんと王子様の間ではゴリラ扱いです。現に、ギディオン騎士団長でさえお疲れのご様子なのに、オリビア様の体力と精神力は途方もないです。
ヴォルフズ公爵家のご夫妻は「あのハンマーの使い方は良かった」「こう使うともっといい」と、バカでかハンマーを武器として昇華させる談義に熱心で、王国を支える武闘派一族の探究心に平伏しました。
私が夜食を詰め込んでいる横で、皆さんと同じく疲れている王子様は呟きました。
「リフルお義姉様はすごいな……」
「はい、お姉様はすごいです!」
「こんな奇抜な作戦を思いついて、あの王にゴリ押しして……なにより、ルナの底まで落ちた気持ちをたやすく掬ってしまう。俺は敵わないな」
「え、王子様だって、すごいですよ!?」
私が王子様のすごかったところを張り切ってお伝えしようと乗り出したところ、王子様は「ふ」と笑って、私の口の横についたソースを指で拭い、そのままそこにキスをしました。
あっ! 皆さんが見てる前で……。
でも目を丸くしたノアさんもクロードさんも優しいお顔で微笑んだので、私は嬉しくなって、王子様に甘えて寄りかかったのでした。




