25 我らは野蛮人
ヒュン!!
風を斬る大きな音が鳴って、王子様の振った剣先から届くはずのない距離に向かって、青白い光の線が放たれました。それは私の指示通りに、群衆の端から端までを、綺麗に真っ二つに切り裂いたのです。
寸前に危険を察知して空に飛んだキアラさんだけが、切断から免れました。
「剣盾の剣!!」
叫んだのはノアさんでした。
そう。これは王族の力である剣盾の、剣の力です。空を裂き、大地を割るという伝説の剣。王子様は数時間前、私を助けるために部屋の扉を壊す際に、この剣の力が現れたのです。
真っ二つに斬られた群衆は、全員が地面に崩れ落ちました。そしてそこから逃げるように、取り憑いていた悪魔たちが一斉に空に飛び退きました。
その現象に、騎士団もキアラさんも「あっ」と声を上げました。
王族の剣の力は、王族しか知らない秘密があったのです。
かのグレンナイト王国を建国した伝説の騎士王は、心優しい騎士でした。空を裂く剣と、幾千の矢を防ぐ盾。だけどその剣は、無生物しか斬らない、という特性があるのです。敵の鎧も武器も盾も、要塞さえも斬り裂く。だけど命ある生物を斬らず、戦力だけを奪う力なのです。「悪魔を命ある生物と見做さない」という、エヴァン王太子殿下の予見は当たっていました。悪魔は斬られる衝撃を受けて、取り付いた人間たちから慌てて逃げ出したのです。
「打てーー!! 一匹残らず、悪魔を殲滅しろ!!」
私の怒号に従って、騎士たちは勇猛に飛び出して、放たれた悪魔たちをバカでかハンマーで潰しにかかりました。羽を持つ悪魔、爪を持つ悪魔、大きな、小さな悪魔たち。様々な悪魔が散り散りとなって逃げますが、騎士団の動きは早いです。ドン、ドオン! という悪魔を潰す轟音が彼方此方で鳴り響いて、合間に恐ろしい怒声が聞こえます。
「うらあ!」「逃すか!!」「6、7匹目ぇ!!」
競い合う野蛮な悪魔狩りに、キアラさんは唖然として立ちすくみました。
「な、なんて粗野な……グレンナイトの騎士は野蛮人なの!?」
キアラさんの悲鳴の後ろに、私は立ちました。
「キアラさんに言われたくないですね」
キアラさんは反射的に振り返り、さらに私の前にすかさず入った王子様を恐れて、後ろに退きました。
「おい。俺の剣にビビってるのか? 心配するなよ。生き物は斬らないんだからさ」
王子様のギラギラとした目の挑発に、キアラさんは青ざめています。
「王子なのにまるで山賊だ」
「失礼だな」
私はキアラさんに問いかけました。
「キアラさん。私は初めから違和感があったのですよ。あなたのその外見と中身には、激しくギャップがあるって」
「な、なにを言ってるの? ルナ。酷いよ、こんな暴力的な……僕はルナのこと……」
「私はキアラさんに怒っているのですよ。お友達のコリンナさんを捕らえたこと。王子様を殺そうとしたこと。そして王国の民を人質にしたことを」
「う……」
私は王子様に再び指示をしました。
「斬ってください。キアラさんを真っ二つに」
「御意」
キアラさんは血相を変えて逃げました。が、王子様は俊足で追いかけます。一振り、二振り、とキアラさんはかろうじて剣の軌道を避けながら、たまらず巨大な岩を出現させて、王子様に投げつけました。剣はまるでジャガイモを斬るみたいに簡単に巨岩を賽の目に刻み、さらにキアラさんは黒い剣を出して応戦しましたが、それも真っ二つに斬られました。
「ひっ!?」
「無駄だ。生き物以外は全て刻む」
ザン、と音を立ててキアラさんの長い髪が斬られ、服が斬れ、そして遂に。
「ルナ、助けてー!!」
可哀想な悲鳴とともに、キアラさんは真っ二つに斬られました。
「ギャン!」
痛ましい悲鳴の後、キアラさんの体は二つに別れました。
長い黒髪の悪魔と、黒くて小さな獣に。
獣は地面に力なく落ちて、黒髪の悪魔は慌てて上空に逃げました。
「今だ!!」
私はバカでかハンマーを振りかぶって空中に飛び出して、黒髪の悪魔をフルスイングで殴りつけました。
「グアッ! ギャア!!」
ドン、ドオン!と無言で地面に叩き続けて、黒髪の悪魔はひしゃげて形を失いました。焦げ跡になって、地面から消えていきます。
私は肩で息をしながら、キアラさんの半身を振り返りました。
王子様は唖然として、地面に倒れている黒い獣を見下ろしています。
「犬……なのか?」
生き物なので斬られずにすんだ獣は、小さく鳴きました。
「キューン……」
私はその犬のような生き物のもとに跪きました。
「これはフェンリルと呼ばれる珍獣の子供ですよ。私はずっと、キアラさんの外見は美青年なのに、中身が子犬に見えて仕方がなかったのです。あの黒髪の悪魔は人を惑わすために容姿を偽る力を使って、フェンリルを人間の姿に見せていたんだと思います」
フェンリルの泣いてるみたいに潤んだ黒い瞳に、私は哀しくなりました。
「深い森の中で人間に捕まって、エンバドル王国の刺客として利用されたのでしょう。人間に棲む場所を奪われ、運命まで奪われるなんて、可哀想でしたね……」
私がそっとフェンリルの頭を撫でると、フェンリルは小さな声で呟きました。
「僕を助けて……ルナ」
「あなたの体はいったい、王都のどこにあるのですか?」
「僕は檻の中で鎖に繋がれて……テントの中にいるんだ……」
その言葉で、王子様はすぐに居場所がわかったようです。
「サーカス団か。お前はサーカスの巡回で連れ回されて、この国に入国したんだな」




