23 お姉様の宣言
「ここに夢使いがいます」
リフルお姉様のお言葉に、全員の目が改めて私に注がれました。
ひ、ひえっ! お姉様!?
「私の妹のルナです。ただし、夢使いのルナは一人しかいません。精神世界で一人ぼっちで戦うのは、無理があります」
私は思わず、高速で頷きました。
ですよ、ですよ! あんなに大量の悪魔を相手にするのは無理ですよ!
お姉様は私の無言の叫びを他所に、演説を続けます。
「そこで、私もルナの隣に添い寝して、夢の中で一緒に戦います」
お姉様は初めて、私を見下ろしました。優しい女神様みたいな微笑みで。
「ルナ。バカでかハンマーを私にも貸して頂戴。悪魔の何匹でもぶっ潰してくれるわ」
私はリフルお姉様がハンマーを振り回す絵を想像しました。あの大聖女による無慈悲な大暴れはそもそも、お姉様からイメージを得たものですから、ピッタリと嵌ります。
するとなぜか視界が開けたように目の前が明るくなって、身体の震えが止まったのです。
続けて、右隣にいらっしゃる王子様も、気楽な様子でおっしゃいました。
「俺も参戦する。剣の代わりにハンマーを振り回せばいいんだろ?」
さらに後ろから、騎士団の中からノア・フリッツさんが前に出ました。
「アンディが戦うなら僕も戦う。僕がきっと一番多く悪魔を狩るよ」
えええ、なんて心強い宣言でしょうか!
私の中で、怯えて冷え切っていた気持ちが燃えるように熱くなりました。
「俺も!」「俺も戦う!」
騎士団の方々がせきを切ったように殺到して、私は大勢の筋肉に囲まれました。
ひえ、頼もしいが過ぎます!
リフルお姉様は改めて、王様の方を向きました。
「精神世界での悪魔退治のために建軍します。ルナの夢は植物を介して共有できることがわかっているので、巨木の下で根に触れて眠れば、大勢の騎士を連れて行けるでしょう」
聞いたことのない未知の作戦に、王様も王太子様も唖然としています。
私もやったことのない作戦に大きな不安はありますが、お姉様の豪胆で毅然としたお声を聞くと、不可能はないような万能感が湧いてきます。
全員が私に注目しているので、私はずっと黙っていた喉を必死で開けました。
「え、えっと……」
うわ、ガラガラのしゃがれ声です。でも、思い切って大きく発言します。
「に、人数を厳選して、その、なるべく仲が良くて、連携を取りやすい人たちで、お願いします!」
あまりに多い人数だと、きっと指揮と管理ができないので。
私の出した条件に、騎士たちが顔を見合わせました。
ノアさんはアンディ王子殿下とクロードさんの肩を抱いて、おっしゃいました。
「じゃあ、僕たち三人は決定だな。仲良しで連携取れるから」
その言葉に被せるように、オリビア・アーシェ侯爵令嬢が、凛として前に出ました。薔薇色の瞳が爛々としています。
「仲良しは四人組だろう? 私を除け者にするなよ!」
ギディオン騎士団長は、クロードさんの肩を抱いて吠えました。
「我々ハンター一家もだ!ケイン、父上、母上!」
ぞろりと赤髪の強面が前に出て、私を囲みました。
「ハンター家の可愛い妹は俺たちが守る!」
クロードさんのセリフに王子様は一瞬、イラッとしたみたいですが、ここは無礼講です!
それぞれ精神的に繋がりやすい人選が固まったところで、アンディ王子殿下は王様におっしゃいました。
「我々が精神世界で悪魔を一掃する。その間、物理攻撃の力を持つ王とエヴァン、その他騎士団はエンバドル軍の侵攻に備えて王国を守ってくれ」
さっきと逆の命令を王子様に下されて、王様は驚きの顔をニヤリとさせて頷きました。
「わかった。お前たちに精神攻撃を任せて、我々は現実の防御に徹しよう」
貴族たちが集まる広間は恐怖のパニック状態から一転、同じ目標に意識がまとまり、希望が見出されました。全員が祈るような瞳で私を見つめています。
き、期待が重い! でも、私の右手には王子様が。左手にはお姉様が。そして頼もしい義兄たちと私を信じてくれる人たちに囲まれて、私は漢らしく、毅然と頷きました。まるで大将になった気分です!
♢♢♢
宮廷の中庭にある巨木の。夜のお庭で。
なんて立派な木でしょうか。王城を背景に、天に届きそうなほど伸びて、優雅に枝を広げています。芝生の地面には力強く根が張り巡らされて、夢を媒介するには丁度いい塩梅です。きっとこの巨木は何百年もの時をかけて、このグレンナイト王国を見守っているのでしょうね。
私はひんやりとする木の表皮に手を当てました。「お願いします」と心を込めて。
サラさんたち侍女やメイドの方々に手伝ってもらって、有志による「夢の仲良し騎士団」は集団添い寝の準備をしました。全員が、パジャマ姿でございます!
いつも鎧で固めているギディオン騎士団長は居心地が悪そうに、シルクのパジャマをいじっています。
「あの、ルナ殿。本当にこんな格好で? 鎧も剣も持たずに?」
「はい! リラックスして眠るのが、一番集中できるので!」
あくまで私の場合ですが、でもみんなもきっと同じです! 鎧やコルセットなど硬いものをつけて寝たら、熟睡できませんよね?
それからふわふわの枕が人数分、お腹を冷やさないようにタオルケットも必要です。
夜の中庭に集団添い寝の準備が進んで、手伝う者も参加する者も、神妙なお顔になっています。
リフルお姉様は肩を落として、私の手を握りました。
「言い出した私自身が参加できないなんて……絶対にルナを守って戦うのに」
「リフルお姉様。お姉様は万が一、現実で物理的な攻撃が起きた時に、大聖女として治癒の力が必要になりますから」
ごもっともな役割分担にお姉様も理性では納得されていて、頷きました。そんなお姉様の肩にギディオン騎士団長が優しく触れています。
「リフル様。俺があなたの大切な妹さんを必ず守りますから」
「はい……ギディオン様もどうかご無事で」
皆さんが戸惑いながら準備をする中で、アンディ王子殿下は慣れたものです。いつもの色っぽいパジャマ姿で、私の手を握っています。
「今日は二人きりの夢じゃないのは残念だな。ずいぶん賑やかだ」
「はい。でも今日を無事に終えたら、また二人でデートできますよ」
私と王子様は微笑みあいました。
王子様は私が緊張しないように、いつもの夜と同じ態度でいてくださいます。私は心強い気持ちのまま覚悟を決めて、パジャマ姿の皆さんの前に歩み出ました。
そして、お伝えしなければならない事実を述べました。
「夢の仲良し騎士団のみなさん。夢の中での死は、現実の死です。どうか絶対に、夢の中で死なないでください」
精神世界で死ぬというのは、脳死を意味します。夢で殺し合うのは、己が廃人となるリスクがある、恐ろしい行為なのです。私の忠告に、パジャマ姿の騎士団の全員が、強い瞳で頷きました。




