22 王国が終わる日
王様を中心に大臣や騎士たちが集まる宮廷の広間は、近隣に住む貴族の方々も避難してきて、かなりの人数で混雑しています。
私も王子様と一緒に集合しましたが、いつも凛々しい王様のお顔が影っている様子から事態の深刻さが伝わり、室内は異様な静けさに包まれていました。
王様の横にいる宰相様が、皆に書簡のようなものを見せました。
「隣国のエンバドル王国から、宣戦布告が届きました」
広間はざわつき、小さな悲鳴も上がりましたが、騎士たちは不可解な顔です。
これまで数百年に渡り幾度も侵攻を仕掛けてきた敵国エンバドル王国ですが、戦争のたびにグレンナイト王の剣盾の力によってエンバドル軍は敗戦し、撤退を繰り返してきた歴史があります。
騎士団の一人が発言しました。
「宰相殿。辺境からの報告では、エンバドル軍が国境を侵攻する動きはありません」
「戦場は国境ではない。この王都です」
宰相の発言に広間は再び沈黙になりました。王都の状況を、都の門を警備する門番が報告しました。
「王都内にも、エンバドル軍と見られる侵攻はありません。ですが、王都は北側の居住区を発端に国民が昏睡して倒れる事象が相次ぎ、現在この宮廷付近までその状況が広がっています。これが毒ガスや生物兵器によるものなのか、検討がつきません」
不可思議なやり取りの中で、私だけがこの大規模な襲撃の犯人を知っていました。
キアラさんです。キアラさんが悪魔を使って、グレンナイト王国の民を昏睡させて人質に取っているのです。あの大量の悪魔と、それを操るキアラさんの万能な姿を思い出して、私は恐怖から脚が震えました。
王子様は私の震える手をしっかりと握るのと同時に、全員に向けて発言しました。
「これは精神世界からの攻撃だ。王国の民は大量の悪魔によって夢に囚われている。それらを指揮しているのは、エンバドル王国が手懐けている夢使いだ」
いきなりの素っ頓狂とも思える真相の公開に、全員がどよめきました。
しかし、誰一人として「そんなバカな」と否定する者はいませんでした。
なぜなら、アンディ王子殿下こそが、悪魔との契約の犠牲となり、殺されかけた張本人だからです。
あの時、悪魔を封印した紙を目視していた大臣たちは蒼白になりました。
そして全員の目が、私に集中しています。
あ、これは「夢使い」という存在に縋っているような目です。
私は思わず縮こまって、地面を見ました。
キアラさんに夢をたやすく掌握され、大量の悪魔を前に退避するしかなかった私に期待されても、どうしようもありません。
そんな気まずい空気の中で、宰相様はエンバドル王国から突きつけられた宣戦布告の内容を読み上げました。
「我々はグレンナイト王国の国民の命を人質に取った。国王は直ちに我が国エンバドル王国に無条件降伏し、開城せよ。さもなくば王族並びに貴族階級を昏睡させた上で処刑する」
悲鳴のようなご婦人の声が上がりました。
「悪魔の襲撃は貴族の居住区に迫っていますわ! このままでは宮廷も陥落して、全員殺されます! すぐに無条件降伏を!」
反対側から大臣の男性が怒鳴りました。
「無条件降伏すれば、我々貴族はどのみち敵国に処刑される! 長年敗戦し続けたエンバドルは遺恨から、我が国王に参ったと言わせたいのだ! エンバドルの支配下でグレンナイトは属国となり、民は蹂躙されるぞ。降伏など冗談じゃない!」
全員がヒステリーに対立する中で、王様は椅子から立ち上がりました。異様な緊張感から、怒鳴り合っていた声は収まりました。
「エンバドルの爺どもめ。悪魔に縋ってまで侵攻に執着するとは。荒廃した自国を再建もせず強奪ばかり望む浅ましさよ。阿呆には余程芝生が青く見えるらしい……エヴァンよ」
王様の隣にいらっしゃるエヴァン王太子殿下は既に、鎧と剣を携えています。
「はい。準備はできております」
「お前と儂で国境を侵攻する。エンバドルのすべてを切り刻んでくれるわ」
王様の眼光は恐ろしいほどに鋭く燃え上がっています。人を殺す気概どころか、玉砕の覚悟が見て取れます。それはエヴァン王太子殿下も同じです。王妃様はすべてを受け入れるおつもりでしょう。固く口を閉じておられます。
王様は険しいお顔をアンディ王子殿下に向けました。
「アンドリュー。お前は国を守れ。頼んだぞ」
アンディ王子殿下は父王の自決の宣言に等しい命令を受けて、硬直しました。
ダメです。ダメです!
王様と王太子様がその能力を以ってエンバドルを攻めたとしても、精神世界からの攻撃に対処できるはずがありません! 玉砕も見越して、敵国はこちらの軍勢自体を昏睡させることも可能でしょう。
私は大声でそう言わなければならないのに、あまりの緊張で喉が張り付いて、声が出ませんでした。
視界が歪み、涙が溢れます。
幸せな毎日も、平和な王国も、こうしてある日突然に何もかもが変わって、終わってしまうのでしょうか。私たちの命や人生が、どれだけ儚いものか思い知らされます。まさに夢の、悪夢の中のように。私は脱力して、身体がグラグラと揺れました。
その時。私の揺れる身体を支えるように、王子様が握る右手とは反対側の左手を、誰かがしっかりと握りました。温かく、優しく、柔らかな……。よく知った御手です。
「リフルお姉様……」
この広場にお姉様もいらしたのだと、今気付きました。緊急時に大聖女が宮廷に呼ばれるのは当たり前のことなのに。お姉様はサファイアの瞳を毅然と光らせて、王様に提言しました。
「物理攻撃は精神攻撃によって封じられる可能性が高いです。精神攻撃には精神で対抗するしかありません」
全員がお姉様に注目しました。
そしてお姉様は、信じられないことを宣言なさったのです。




