21 滅茶苦茶な抵抗
殺される。私はキアラさんに殺される!
まるで大きな動物の手に握られた小動物のように。私は圧倒的な死の恐怖に支配されました。
キアラさんは私を見つめたままおっしゃいました。
「でも、僕はルナを気に入ってしまった。ご主人様はルナを殺せと言ったけど、殺してしまったら美しい夢も一緒に消えてしまう」
私は目を白黒とさせました。
こ、殺すのか、殺さないのか、どっちですか!
キアラさんはさらに私に体を密着させると、スリ……と、頬を私の頭に擦りつけました。
え、えええ??
これではまるで……。
「ちょ、ちょっと、キアラさん!?」
「ねえルナ。君の命だけは助けてあげるよ。だからさ、これからもぼくと一緒に……」
私は頭に血が上りました。それって、私以外は皆殺しということですか!?
「ふ、ふざけけないでください!」
私は両脚が動かないまま、キアラさんの頭を押し返し、首を掴み、滅茶苦茶に暴れました。
「わ、ルナ、落ち着いて……」
「落ち着けるかってんですよ、このっ!!」
興奮して揉み合っても、キアラさんはビクともしません。私は両手を掴まれて簡単に制圧されてしまいました。
夢の中なのに、まるで水中にいるみたいに、思うように体が動きません。それはキアラさんの夢使いとしての支配力が強いのと、私の中で「敵わない」という精神的な恐れの枷があるからです。
フー、フー、と髪を乱して息を荒げる私を見て、キアラさんは無邪気に笑いました。
「あはは、ルナって猫みたい」
悔し涙が滲んだ、その時でした。
ドオン! という衝撃とともに、キアラさんが真横に吹っ飛んだのです!
私を掴んでいた手は離れて、代わりに私は温かい腕に包まれました。
「てめえ、俺のルナになにしてんだ!!」
この不良のような口調は……。
「お、王子様!?」
夢ではありません! いや、夢の中ですが、私をかばって抱きしめているのは、制服姿の王子様……アンディ王子殿下だったのです!
お怒りの王子様をまん丸の目で見上げる私と同じように、地面に尻餅をついたキアラさんも驚きの顔で王子様を凝視しています。
「な、なんで……グレンナイトの王子がここに?」
「寝ているルナに触れたら、ここに来た。てめえは誰だよ。ルナの夢に勝手に入りやがって」
え、王子様は寝ている私に触れただけで、夢に介入したということですか? 確かに私は死を覚悟した時に、強く王子様を想いました。そのタイミングで王子様の意識を引っ張り込んだのでしょうか。なんたる奇跡、なんたる嬉しい再会……。
「おん、お、おおお!」
私が号泣して王子様にしがみつくと、王子様はより強く私を抱きしめながら、キアラさんに怒りました。
「ルナをこんなに泣かしやがって……お前、ぶっ殺すぞ」
キアラさんは唖然として立ち上がりました。
「グレンナイト王国の第二王子。アンドリュー・オブ・グレンナイト。高貴な身分のはずなのに、なんて口が汚いんだ」
そうなんです。王子様は不良なんです。でも心優しくて愛が深くて、誠実な不良なんです!
私は説明が声にならず「オウオウ」とオットセイのように鳴きました。
私と王子様がピッタリとくっついているのをキアラさんはじっと見つめて、「ふう」と溜息を吐きました。
「王族は最後まで手をつけるなと、ご主人様に言われてるんだけどな……」
「ああ? ご主人様って誰だよ?」
キアラさんは王子様の質問を無視すると、あの魔術書を現して、本を開きました。
「ダメ!!」
私が叫ぶのと、魔術書の中から大量の悪魔たちが飛び出すのは同時でした。
「グレンナイトの王子よ。お前がいたら、ルナは僕の手に入らない。だからここで消させてもらうよ」
悪魔たちは牙や爪を剥き出して、大群でこちらに襲いかかりました。あまりに数が多いです! いかにバカでかハンマーを出そうとも、こんな数の悪魔をいっきに封印するなんて無理です!
「キャーーッ!」
私の無力な悲鳴はフォン!という音とともに密閉されて、襲いかかってきた悪魔たちは透明な壁に次々と衝突していきました。ドンドン、バンバン! と衝撃音がすごいです。
「剣盾の盾!」
夢の中で王子様の防御壁が構築されたのです! 王子様は宙に手をかざして重い圧力に耐え、歯を食いしばっています。
悪魔たちは矢継ぎに壁にぶち当たり、球体の盾は私たちを包んだまま、真っ黒に染まっていきました。
キアラさんはその様子を見て、首を傾げました。
「おかしいな。第二王子は何の能力も持ってないから、放っておけとご主人様が言っていたのに」
王子様は悪魔の重量に耐えながら、鬼のような形相でキアラさんを睨みました。
「てめえ、舐め腐るのもいい加減にしろよ……」
喧嘩上等でございますが、精神世界での盾の力には限界があるようで、悪魔たちの重みに今にも崩壊しそうです。私は王子様の体をギュッと抱きしめました。
「王子様! 私にしっかりと掴まってください!」
私が今できる、唯一の戦法……。覚醒を実行するしかありません。
「つまりは、一時退避です!」
悪魔も火山も消えて、すべての景色が暗転しました。
「「うわ!」」
私と王子様の声は重なって、二人は同時にベッドから跳ね起きました。
ここは私の部屋のベッドの上で、私はゆったりとしたワンピースを着て、王子様は制服姿のままで。夢から現実に目覚めることに成功したのです。
「今のは夢……全部ルナが作った夢なのか?」
王子様はどこからどこまでが事実なのかわからず、動揺しています。
私は王子様がキアラさんに殺されることなく、二人で無事に生還できた安堵で「あうあう」と号泣しました。
王子様は私の頭をご自分の胸に抱きかかえてくださいました。
「ルナ。俺が学校から帰ってきたら、ルナの部屋の鍵が閉まっていた。だけど、扉の向こうからルナが俺を呼んでいる声が聞こえたんだ。まるで叫んでいるみたいだった」
なんと、私の寝言はあまりの怒りと恐怖で、廊下に聞こえるほどの大声だったようです。
「だから、ドアをぶち壊して、ベッドで寝ているルナに駆け寄ったんだ。そうしたら、一瞬で意識が落ちて……」
やっぱり、私が夢の中から王子様に助けを求めて、意識を引っ張ったようです。
それにしても、あの頑丈な扉を壊すだなんて……。
私が自分の部屋の扉を振り返ると、ドアは斜めに斬ったように崩壊していました。すごい壊し方です!
「お、王子様、ご、ごめ、ごめんなさい!」
私は号泣しながら、王子様にすべてを懺悔しました。
キアラさんが夢使いであること。夢の中で出会ってから、秘密で何度かお会いしていたこと。そのキアラさんが悪い人だと見抜けなかったこと。
王子様に嫌われてしまうかもしれない。
とてつもなく、怒ってしまうかもしれない。
そんな不安も相まって泣きじゃくって謝罪する私に、王子様は簡素に「うん」と呟いた後、そっと私の背中を抱き寄せておっしゃいました。
「ルナが無事で良かった」
あまりに深い慈愛に、私は体が震えました。尊さの概念がバカでかすぎて、受け止めきれません。私という愚か者を包む王子様の愛が、大きすぎるのです。
人間語を発することができず「あうあう」と嗚咽する私を、王子様はずっと包んでくださいました。
そんな愛の大騒動の中に、突如、けたたましいノックの音が響きました。
私と王子様が扉を振り返ると、クリフさんが半壊した扉の向こうで、木板を激しく叩いていました。
王子様は舌打ちをして怒鳴りました。
「取り込み中だ! 見ればわかるだろ!」
しかしクリフさんは退かずに、その場で緊急の報告を叫びました。
「殿下! 王都が……グレンナイト王国が大変なことに! 国民が次々と昏睡し、都は壊滅状態です!」
クリフさんの断末魔のような報告に、私も王子様も血の気が引いて絶句したのでした。




