19 夢使いが飛ぶ
コリンナさんは装飾のない、シンプルな白いワンピースを着ています。
濃霧の中、白い地面の上に三角座りをして、茫然と宙を見つめています。
異様なのは、首に嵌められた首輪です。重くて無骨な首輪には黒くて長い鎖が繋がっており、まるで囚人のような。いえ、獣のような扱いをされているです!
「コリンナさん! 大丈夫ですか!?」
私がコリンナさんの肩を揺すると、コリンナさんは目線を宙に置いたまま、小さなお声で呟きました。
「……ルナ……さん……?」
「そうです、ルナです! いったいどうしてこんなお姿に!?」
「……さあ……」
コリンナさんの目線はやはり宙にあるので、私はその視線の先を追って、ギョッとしました。
数メートル先の霧の中で、小さな黒い何かが飛んだり、回ったりしているのです。いや、足を上げて、手をヒラヒラさせて……。
「な、なにかが踊ってる!?」
一瞬、サイズ的に妖精かと思いましたが、違います。それは黒くて禍々しくて……小さいながらも頭には山羊のようなツノがあり、背中には蝙蝠の羽があって。真っ黒な顔は、ギザギザの歯を剥き出して笑っていたのです。
「ギッ、ギエ! 悪魔!!」
私は即座に巨大なハンマーを出すと、空中で踊っている悪魔のもとに飛び込み、鉄槌を振り落としました。が、すばしっこい! 小さな悪魔は「キーキー」と甲高い声を発しながら四方八方に飛んで逃げ回り、私はハンマーを振りまくりました。なかなか当たりません!
カップケーキを食べておいて良かった。夢の中での運動は精神と体力を大きく疲弊させます。
「このっ、まどろっこしい!」
悪魔が高速で飛んで逃げようとしたので、私は自分の背中に妖精の羽を生やすと、ドン! と弾丸のように空中に飛び出しました。悪魔は高速で並走する私に気付いてギョッとしました。
「これが夢使いのスピードだ!」
私は走り屋のようにマウントを取って、悪魔の前方からハンマーを叩き込みました。ビシャッという音とともに後ろに跳ね返った悪魔を、上から何度も地面に叩きつけました。やがて悪魔は立体感を失い、焦げ跡のようにペタンコになると、夢の中から消えていきました。
私はハンマーを仕舞ってコリンナさんのもとに駆け寄ると、コリンナさんは宙を見つめるのをやめて、キョトンとしておりました。
「あら……ルナさん? ここはいったい……?」
意識を取り戻したようです。驚いたお顔でキョロキョロと周りを見回しています。
私はホッとして、コリンナさんの首についている首輪を外そうと触れました。
「コリンナさん、こんな首輪をどうして付けてるんですか?」
「首輪……? 私はただ、なんだかずっと面白い物を見ていた気がするのですが」
その面白い物とは、あの小さな悪魔のダンスのことでしょうか。あれに魅入って、コリンナさんは茫然としていたようです。
首輪についている鎖が霧のずっと奥に繋がっているようなので、私は思い切り引っ張ってみました。しかし、手応えはありません。ズル、ズル、と長い鎖を延々を手繰り寄せると、最後に断ち切れた状態の終端があるだけでした。
「コリンナさん。お父様がご心配なさっています。現実に戻りましょう」
「まあ! 私……寝坊してしまいました?」
コリンナさんは二日間も昏睡していたのに、気づいていなかったようです。
「コリンナ!!」
私とコリンナさんが目を覚ますと、コナーさんが泣きながらコリンナさんにしがみつきました。
私の横にはサラさんがいて、ハンカチを握っています。
「サラさん……私の汗を拭いてくださってたのですか?」
「はい。ルナ様は汗をかきながら、この野郎!と唸っていました」
ドン引きです。私は夢の中の行動が予想以上に寝相や寝言として出てしまっているようです。
しかしサラさんは真面目なお顔で汗を拭いてくれるし、コナーさんは泣いて喜んでいるし、クリフさんも真顔で立っており、誰も笑っていないので良しとしました。
私が枕の下に仕込んでいた紙を取り出すと、やはり。そこには掌ほどに小さい、焦げ跡のような黒いものがこびりついていました。あの蝙蝠の羽の悪魔です。
「こ、これは……」
クリフさんは悍しいものを見るように眉間に皺を寄せました。私がその紙を手渡しすると、まるでバッチい物を扱うように、端を摘んで紙を受け取りました。
「このような悪魔が二度も我が王国に現れるとは……すぐに王様にご報告します」
クリフさんは悪魔を封印した紙を持って、医務室を出て行きました。
一方、コリンナさんは二日間も意識がなかったので、脱水状態です。お医者様が治療して、念のために数日療養するようです。
「コリンナさん。本当になにも覚えてないのですか?」
「ルナさん……私、ぼうっとしていた時から記憶が曖昧なんです……」
コリンナさんは精神も体力も夢で使い果たしたのでしょう。ぐったりしているので私は深く追求せず、コナーさんと二人を医務室に残して、サラさんと共に廊下に出ました。
王子様が宮廷にお戻りになるまでに、やらねばならぬことができました。
お部屋に戻ると、私はサラさんにお願いしました。
「今からしばらくの間、私を一人にしてもらえますか?」
「……なぜでしょう」
「ちょっと、確かめたいことがあるので」
サラさんは黙って頷くと、部屋から出て行きました。
私は念の為、扉に鍵をかけて、一息吐きました。
先ほどテーブルに置きっぱなしだったお菓子を鷲掴みにして頬ばると、冷めたお茶で一気に流し込みました。燃料の追加です。
そのまま険しい顔で、ベッドに横になりました。
「コリンナさんにあんなことをして……私は許しませんよ」
私は怒りに満ちたまま、速攻で寝落ちしました。
「ふごっ」




