18 来客と妙な予感
私は授業が終わると、颯爽と宮廷に帰りました。その名の通り、帰宅部ですので。
お部屋に着いて侍女のサラさんにお茶を淹れていただき、いつものように「今日の出来事」を楽しくお話していると、ノックが鳴りました。
「夢使いの聖女ルナ様」
このお堅いお声は、アンディ王子殿下の側近であるクリフさんです。
サラさんが扉を開けると、案の定、ビシッとした身嗜みのクリフさんが。
さらに隣には、予想外の人物が立っていました。
「あっ! コナーさん!?」
私は慌ててソファから立ち上がりました。宮廷図書室の司書であり、コリンナさんのお父様であらせられる、コナー・バビントン伯爵です。いつも書庫に通う私とは顔馴染みですが、私の部屋にコナーさんが訪ねて来たのは初めてのことで、私はなんだか妙な予感がしました。なぜなら、いつも朗らかなコナーさんの顔色は悪く、元気がなさそうなのです。
クリフさんは私に事情を説明しました。
「バビントン伯爵からルナ様にご相談したいことがあるそうです。娘さんのコリンナさんのことで……」
私はこの二日間、学園をお休みされているコリンナさんに、なにかよからぬ事態が起きたのだと直感して、立ちすくみました。
「コ、コリンナさんがどうしたのです!?」
コナーさんは青ざめたお顔で私に訴えました。
「ルナ様。娘のコリンナは二日前の夕方から様子がおかしく、なにやら茫然としていました。いつもの勉強も読書もせずに宙を見つめて……そしてその夜に眠ったまま、もう二日間も目を覚さないのです」
私は足元がグラリと揺れました。
その症状は聞いたことがあります。あの辺境の村で流行しているという、「おサボり病」という奇病と同じではないですか。
「お、起きないって、起こしてみたのですか?」
「声を掛けても揺すっても、頬を叩いても起きないのです。医者にも見せましたが、昏睡状態だと」
クリフさんが付け足しました。
「教会の聖女たちの手に負えない奇病だということで、大聖女であるリフル・マーリン様に診てもらうしかないかと考えましたが……」
コナーさんはクリフさんの話の途中でふらふらと、こちらに近寄りました。
「あれは病気なんかじゃない……きっと夢なんです」
「夢……?」
「コリンナは夢の中で何かに取り憑かれている。そう……アンディ王子殿下の時のように。悪魔に……!」
私は背筋が凍りました。あの悪魔が? いいえ、あの悪魔は紙に封印して、書庫にある金庫に厳重に保管されているはずです。では、また別の魔術書を使って、誰かがコリンナさんを呪ったというのでしょうか?
「そ、そんな……いったい誰がそんなことを!?」
「わかりません。でも、コリンナは確かに寝言でこう言ったのです。”ルナさん、助けて” と」
私はその瞬間に、クリフさんを指して叫びました。
「クリフさん!すぐに私をコリンナさんのもとに連れて行ってください!」
するとクリフさんはクイッと眼鏡を上げて応えました。
「ええ。ルナ様はそうおっしゃると思いまして、すでに宮廷の医務室にお運びしています」
さすがのクリフさん、仕事が早いです。
私がダッシュで飛び出そうとした瞬間に、侍女のサラさんが私の腕を掴んで止めました。
「五分お待ちを。ご用意いたします」
クリフさんとコナーさんが退室して、サラさんは興奮している私の制服のジャケットをササッと脱がせました。
「ルナ様は窮屈な服装だと夢に集中できませんので」
以前、私が舞踏会で危険なダイブをする際にドレスを脱ぎ散らかしたのを、サラさんは目撃していたのでしょう。ゆるりとしたワンピースに早着替えさせると、カップケーキの乗ったお皿を差し出しました。
「こちらの燃料をお召し上がりください」
腹が減っては戦はできぬ、ですね? 確かに今、かなり空腹の状態です。私はモシャアッと勢いよく燃料に齧りつくと、サラさんを後ろに連れて廊下を飛び出しました。
お友達の危機です。私は夢使いとして、絶対にコリンナさんを助け出します!
宮廷の医務室に到着すると、コナーさんとクリフさんが見守る中、ベッドにはコリンナさんが眠っていました。
姿勢良く、穏やかに。悪夢を見てうなされているわけでもなく、傍目には普通の睡眠状態です。
私は布団をめくってコリンナさんの隣に横たわり、枕の下に悪魔を封印するための紙を差し込みました。
そしてコリンナさんと手を繋ぐと、私たちを見下ろす皆さんを見回しました。
「私がどんな酷い寝相をしたり、寝言を言っても、絶対に途中で起こさないでください」
私の注意に、クリフさんとサラさんは真顔で頷きました。
コナーさんは憔悴しきって涙目になっています。
「コナーさん。必ずコリンナさんを連れて戻るので、ご安心を」
「ふごっ」
過去最短記録かもしれません。私は超速で寝落ちしました。
もや~、と濃い霧がかかる夢の世界で。
ここは殺風景です。なんの景色も物も見えません。
私は裸足で平らな白い地面に降り立って、周囲を見回しました。
「コリンナさん……コリンナさん?」
お返事はありませんが、濃霧の向こうに薄らと、小さな人影のようなものが見えました。
「あっ、コリンナさん!?」
近くに駆け寄るとそれは確かにコリンナさんでしたが、異様なお姿となっていたのです!
「だ、誰がこんな酷いことを!」
私は頭に血が昇って叫びました。




