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【書籍化コミカライズ】夢見る聖女は王子様の添い寝係に選ばれました  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中
第四章

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17 王子様の赤面事情

 王子様はどんどん、先へ歩いて行ってしまわれます。私のちんまい足はそれを追いかけるので精一杯……だけど、右手はしっかりと握られて。私たちは手を繋いだまま、学園の校舎の中を進みました。


「あ、あのっ、王子様? み、皆様に見られてしまうので……」


 私は痛いほどに視線を感じています。お昼時間の校舎の廊下にはたくさんの生徒たちがいて、王子様がちんまい私を連れて……一応、専属の聖女であると認識はされておりますが、手をしかと繋いでいるのですから!

 王子様があまりに毅然となさっているので、なにか怒ってらっしゃるのかもと不安になりますが、握った手は変わらず温かく優しいのです。


 バタン、と音をたてて扉が閉まりました。ここは無人の学習室です。

 王子様は手を離して私の正面に振り返ると、潔く頭を下げました。


「ごめん。ルナ」

「えっ??」


 いったいなんの謝罪かわかりません。王子様は恥ずかしそうに目を()らしました。そのお顔も色っぽいですが、真剣な空気です。


「オリビアのこと。俺がちゃんとルナに説明しなかったから、不安にさせたよな」

「えっ、あっ……」

「昼休みになってすぐに、ノアが俺の教室に来たんだ。オリビアがチビ……ルナを連れ出したぞ、って」


 なんと、ノアさんは私がオリビア様に連れ出されるのを目撃して、王子様にお伝えくださったようです。チビ呼びが常習化しているのは遺憾(いかん)ですが、ナイス助け舟です!

 王子様は私を真っ直ぐに見つめておっしゃいました。


「オリビアとは元婚約者でもなんでもないし、そもそも女として見てないし、男友達というか……ただのガキ大将だから。俺とクロードとノアの間では共通認識だけど、ルナはオリビアを知らないから、急に俺と親しい女性が現れたら驚いてしまうよな」

「うっ、は、はい……」


 私のもやもやとした不安の原因を、王子様はすべて説明してくださいました。これもノアさんが助言してくださったのかもしれません。

 王子様は金色の髪をクシャッとかき上げると、またお恥ずかしそうなお顔です。


「オリビアが学園に急に戻って来て、俺は正直焦ったというか、戸惑ったんだ」

「え、なぜですか?」

「それは……あいつは強引で勝ち気な奴だから……」


 確かに、いきなり剣術部で道場破りしてましたもんね。サーカスへの誘い方からも、オリビア様の強引さが(うかが)えます。


「子供の頃にあいつに仕掛けられた悪戯(いたずら)や決闘で、俺はたくさん恥をかいたし泣かされたんだ。奴はそういう俺の恥ずかしいネタを大量に持ってるから」


 私は目を丸くしました。オリビア様が王子様を泣かせていたなんて。思っていた以上に、じゃじゃ馬令嬢のようです!


「俺の恥を嬉々としてルナに(さら)すんじゃないかって、内心ビビってたんだ」


 王子様は本心を告白した後、悔しそうに「クソッ」と呟きました。


「ダサいな、俺……。ルナにこういうところを見られたくないんだけど」

「……ぷっ、あはは!」


 私は耐えきれず、笑ってしまいました。だって、王子様のお顔のなんとも可愛いこと!

 私が笑ったら、王子様にも照れた笑顔が戻りました。


「王子様はご心配されますが、オリビア様は私と二人きりの時もサーカスのお話ばかりで、暴露話なんてしませんでしたよ?」


 テラスで王子様が乱入した後、王子様のもとにも親衛隊がランチを運んできたので、強制的にオリビア様と私と王子様、という三人での変なランチタイムとなったのですが、その際もオリビア様は珍獣への夢を語るばかりだったのです。


「ああ。あいつも大人になったのかな……。いや、なってないな」


 王子様はオリビア様の天真爛漫なお顔を思い浮かべて、首を振りました。

 私はこんなに王子様が振り回されてしまう「恥」というのが気になって、ウズウズとしてしまいます。


「あの、王子様はオリビア様にどんな悪戯をされたのですか?」

「あいつは俺の嫌いな虫を捕まえて泣くまで追いかけて来たり、決闘で負けたからと無理やり女装させたり……」


 王子様は素直に告白しながら我に返ると、焦って言い訳をなさいました。


「あくまで幼い頃の話だぞ!? 今、決闘してもオリビアに負けるわけないから!」

「ぶっ、あははは!」


 王子様の必死さに大笑いしてしまいました。王子様は苦虫を噛み潰したようなお顔ですが、そんな些細な思い出が恥だなんて、大袈裟です。


「私は王子様と出会ってすぐに、泣き顔を見ましたよ?」

「えっ!?」

「夢の中で小さな子供になって、悪魔が怖いと泣いてらしたじゃないですか」

「あ……そうか……」


 あの可憐でいじらしいちびっこ王子様のお姿を思い出して、私は胸がキューンと締めつけられました。小さなお身体を抱きしめたくて王子様の腰元に手を回しましたが、成長した王子様より小さい私は、蝉みたいにくっつくしかありません。撫でたい頭も手が届きませんから。

 王子様も私を抱きしめ返して、私は全身が温かくて良い香りに包まれました。至福のハグです。


 はあ、好き。王子様が好き。

 この好きという感情は、どこまで膨らんでいくのでしょうか。

 無限大に膨らんで、たびたび気持ちが爆発するみたいに極まります。

 恋を知らなかった頃は、こんな現象があるなんて想像も及びませんでした。


 感極まった私の脳裏にふと、キアラさんが浮かびました。

 王子様が素直に、恥ずかしいことをすべてお話してくださったのに、私だけが秘密を抱えていて、ずるいような気持ちになったのです。

 私は夢の中で夢使いであるキアラさんと出会い、その後も何度かお会いしていると、包み隠さずお伝えしよう。そう決意したタイミングで、授業が始まる予鈴の鐘が鳴りました。


「ルナと一緒にいると、時が過ぎるのがあっという間だな」


 王子様は名残惜しそうに、私から離れました。温度と香りを残したまま。


「はい。王子様は試合前でお忙しいですし、私も王子妃教育でてんてこ舞いですし」


 私は寂しそうに言いながら、それでもこれが王子妃になるための準備だと思うと、やはり顔が綻んでしまいます。幸せ笑いの私のおでこにキスをすると、王子様は学習室の扉を開けました。


「今夜また夢で逢おう。ルナ」


 ひいいん! 王子様が素敵すぎて、午後の授業は身にならなさそうです!


 キアラさんのことを言いそびれてしまいましたが、今夜、王子様が宮廷に戻られたら、じっくりお話しようと思います。

 私はふわふわと。浮かれた千鳥足で教室へ戻りました。


 この時は今宵、グレンナイト王国にあんな事件が起きるだなんて、夢にも思わなかったのです……。

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