15 テラスという陽の場
翌朝。
教壇に立つ先生は、生徒たちに向かって簡単に説明しました。
「今日もコリンナさんはお休みです」
なんと。コリンナさんが二日もお休みするなんて、初めてのことです。無遅刻無欠席の真面目さがコリンナさんの代名詞なのに。
私は思わずズズズ、と椅子を引いて席を立ちました。
「あ、あの、先生……。コリンナさんはお体の具合が悪いのでしょうか」
「そのようですね。週明けに登校できると良いのですが」
先生も詳細はわからないのでしょう。困ったようなお顔をして、授業が始まりました。
私はなんだか、責任を感じてしまいます。やはり芝生の上で熟睡したせいで、風邪をひいてしまったのではないでしょうか。せっかくできたお友達が学校に来ないというのは、寂しいものですね。学園でずっと一人ぼっちだった私は、初めてこんな感覚を知りました。
授業中に、私は制服の下のチェーンにぶら下がっている王子様との婚約指輪を、服の上からいじりました。誰にも秘密の婚約指輪にこうして触れながら、王子様のことを考えるのが癖になっています。
昨晩の王子様は、いつものように遅くに宮廷に戻られてお疲れのご様子でしたが、私は我慢ができずに、オリビア様についてお伺いしたのです。
私と初めてお会いしたはずのオリビア様は、私の名前をご存知でした……とお伝えしたところ、王子様は少し動揺して見えました。「あいつ、何か変なこと言ってた?」とおっしゃるだけで、まるでオリビア様と私が接触したことが大したことないような、そんな素振りです。
「あれは多分、演技ですね……」
いけません。また独り言が出てしまいました。
だって、王子様はなんともないような振りをしているように見えたのです。ちょっと気まずいような、あまり触れて欲しくないような、そんな空気です。
なんでもない振りをされると、空気を合わせるように私も気にしていない振りをしてしまって、オリビア様の話はそれで終わってしまったのです。私のもやもやは晴れていないのに。
恋人同士のすれ違いとは、こういうものでしょうか? 初めてのことで、どうすれば良いのかわかりません。それ以上しつこく迫ると感情的になって、王子様にみっともない姿を晒すのでは……と臆病になってしまいます。
私は「よし」とうなずきました。
お昼休みになったら、またノアさんのもとに押し掛けて、このような場合どうすれば良いか、聞いてみましょう。
私はすっかり、相談窓口としてノアさんを頼っていました。
お昼時間になったので、私は隣のクラスのノアさんのもとに行こうと、教科書をしまって席を立ちました。
が、その時です。教室の外の廊下から、騒がしい声が上がりました。
「キャーーッ!」
この黄色い声は、もしやまたクロードさんがいらっしゃったのかと思って、私は身構えてそちらを振り向きました。すると、予想外のお方が、こちらに向かって手を振ってらしたのです!
「オ、オリビア様!?」
「や〜、かわい子ちゃん!」
いやいやいや、まさか教室までやってきて、堂々と私に向かって「かわい子ちゃん」なんて大声で呼びかけるなんて、私もクラスメイトもパニックになりました。誰もが「かわい子ちゃんって誰? もしかして私??」と、疑問と期待でわけがわからない状態です。
私自身もまさかと彼方此方と見渡すうちに、オリビア様は堂々と二年生の教室に入ってきました。目の前までやってきても私がずっとキョロキョロしているので、オリビア様は改めて名前を呼びかけました。
「ルナ。お昼を一緒に食べよう。テラスはどう?」
「え、ど、わっ、私??」
掠れたちっちゃな私の声はオリビア様には全く聞こえなかったようで、私の肩に大胆に手をかけると、美しいウィンクをしながら、凛とした声でおっしゃいました。
「外はいい天気だよ。こんな日はテラスで食べるに限る」
いや、まったくの正論でございますが、いつも裏庭の日陰で隠れて昼寝をしている私には、あまりに眩しい場所でございます。しかもよりによって、マリーゴールドと薔薇色の輝かしい麗人と……目立ちまくって仕方がありません!
などと私が懸念する間にも、オリビア様は私を連れて、サッサとテラスへと向かってしまわれたのでした。
「太陽光が気持ちいいね、かわい子ちゃん」
オリビア様はご満悦のお顔でテラスの椅子にもたれています。
ここは学園の食堂横にある、日当たりの良いテラス席でございます。四人掛けのテーブル席がウッドデッキの上に並び、生徒たちで賑わう陽キャな場所です。
周囲でお食事をする令嬢も令息も、オリビア様に羨望の眼差しを向けています。むしろ私のことは皆さんの視界に入らないようなので、返って安心しました。
猫背でちんまりとオリビア様の対面に座る私に、三年生の令嬢がランチプレートを運んでくださいました。オリビア様のもとにもお皿が置かれて、別の令嬢がお水まで汲んでくださいます。
「みんなありがとう」
オリビア様は令嬢たちにお礼を言うと、私の方を向きました。
「この子たちは私の面倒を見てくれるんだ。優しいだろう」
すると令嬢はすかさずおっしゃいました。
「私たちはオリビア様の親衛隊ですので」
私はお冷やを飲み込んで、見知らぬ世界に萎縮して頷きました。
オリビア様親衛隊……アンディ王子殿下の取り巻き軍団とは、また違った雰囲気です。ギラギラしていないというか、余裕があって、お世話を楽しんでいるご様子です。
令嬢たちは礼をすると静かに下がって、私とオリビア様は二人きりになりました。
「急にランチに誘ってごめんね。ルナにどうしてもお願いしたいことがあって」
「な、なんでございましょう?」
オリビア様は周囲を伺った後に、身を乗り出して小声になりました。
「ふふふ。これ。アンディには内緒だよ?」
そう言いながら、まるで闇の取引をするような仕草で、そっと制服の内ポケットから、何かの紙を二枚、取り出したのでした。
「えっ……」
そこには予想外の絵と文字が書かれていて、私は凝視しました。




