14 珍獣の棲むところ
私は夢の中にいます。
ラベンダーのお花畑に埋もれて、空に浮かんだピンクの雲を眺めています。
くまさん、うさぎさん、魚さん……。いろんな形の雲が、ふわふわと流れていきます。
「はぁ……」
最大限の癒しの夢を構築して、ラベンダーの香りの中で深呼吸した私は、ようやくパニックが落ち着いてきました。
そして案の定。
背後から、澄んだ声が聞こえました。
「気持ちの良い場所だね。ルナ」
振り返らなくてもわかります。その声はキアラさんです。
私の思った通り、同じ時間にお昼寝をしたのでしょう。
キアラさんは私の隣に座って、同じようにお花畑に埋もれると、私の顔を覗き込みました。
「あれ……。ルナ、元気がない?」
「い、いえ。そんなことはないですよ」
「昼寝をしたら、岐路の向こうにピンク色の雲が見えたんだ。やっぱりルナの夢だった」
「今日はコリンナさんがお休みだったので、一人でお昼寝をしてたのです」
「ルナに会えて嬉しいよ」
キアラさんの瞳はラベンダーのピンク色を映して、優しく輝いています。
私はオリビア様のことで心が乱れたことを悟られたくなくて、目を逸らしました。
「えっとですね、キアラさんにいろいろお聞きしたいことがあって」
「何? 珍獣のこと?」
キアラさんはやっぱり、私が欲しているものをよくご存知です。
「キアラさんがお住まいの森には、どんな珍獣がいるのですか? ユニコーンとか、コカトリスとか……もしかして、ドラゴンも存在するのですか?」
私は幼い頃に読んだ児童書に出てくる、伝説の生き物たちを並べ立てました。キアラさんは微笑んで頷きました。
「妖精と同じように殆どの珍獣は滅びてしまったけど、やはり深い森の奥には、それらの生き残りがひっそりと暮らしていると言われているよ。人間が迷い込んだら生きて帰れないような、危険な森にね」
やっぱり、物語に出てくる珍獣たちは、いまだに存在したのです!
私は嬉しさと興奮で気持ちが舞い上がりました。そんな私を見て、キアラさんも嬉しそうです。
「ルナはファンタジーの世界が好きなんだね」
「はい! 物語を読むのが好きですし、よくお祖母様からお伽噺も聞きましたから」
「だから、ルナの夢はこんなにファンタスティックなんだね」
キアラさんは空に浮かぶユニコーンやドラゴンの形の雲を指して笑っています。
私は妖精や珍獣の話を聞くうちに、あの王子様に取り付いた悪魔のことを思い出しました。
「あの、キアラさんは悪魔についてどう思いますか? その森には悪魔も棲んでいるのでしょうか」
「悪魔は森にいないよ。悪魔というのは人間の悪い心から生まれて、精神の世界に棲むと言われているんだ。遥か昔、悪魔たちが人間の精神に取り付いて悪さをいっぱいしたから、悪魔を封じる力を持つ魔術師によって、本に閉じ込められたと言われている」
私は宮廷の書庫のさらに奥にある部屋の、金庫の中で見た重厚な黒い魔術書を思い出しました。
「魔術書というものですね?」
「うん。それからは契約を交わさないと、悪魔は本から出られなくなったんだって」
「キアラさんは魔術書を見たことがありますか?」
「あるよ。このグレンナイト王国では禁じられているらしいけど、他の地ではいまだに悪魔信仰が根強い国もあるからね」
私はあのような恐ろしい悪魔を封じた魔術書が他にも沢山あるのだと考えて、暗澹とした気持ちになりました。生贄を捧げて願い事を叶えるなんて、ろくなことになりません。
そんな禁断の魔術書に手を出してしまった先々代の王様は、よほど追い詰められてのことだったのでしょう。
私が難しい顔で考え込んでいるうちに、グモ〜〜! と、奇怪な音が鳴り響きました。
キアラさんが「ドラゴンの鳴き声?」と空を見上げましたが、違います。これは私のお腹の音です。さっきまでパニック状態で忘れていた空腹が、リラックスするうちに蘇ったのです。
「す、すみません。私はこれからお昼ご飯を食べますので、現実に戻りますね」
キアラさんは残念そうなお顔ですが、素直にうなずきました。
「ルナ。そんなに激しくお腹が空いているんだね。かわいそうに」
私は真っ赤な顔で、お花畑から立ち上がりました。
今日もキアラさんから貴重なお話が沢山聞けて、充実のお昼寝でした。
そして最後に、聞こうと思っていたもう一つの質問を思い出しました。
「キアラさんが今まで見た他人の夢で、一番面白かったのはなんですか?」
「ん? ルナの夢よりも面白くて美しい夢なんて、存在しないよ」
面白話が飛び出るかと思ったら、甘いお言葉が返ってきたので、私はますます茹で蛸のようになって、手を振りました。
「明日はきっとコリンナさんが登校して来るので、また来週お会いしましょう」
「来週!?」
「はい。明後日から週末で、学校はお休みなので。月曜のお昼になったら、またここでお昼寝しますから」
さっきまで穏やかだったキアラさんは、また子供のように駄々をこねました。
「え〜! 来週までルナに会えないの!? 休日もお昼寝すればいいじゃない!」
宮廷でお昼寝してキアラさんとお会いするのは、なんだか気が引けます。ただでさえ王子様に内緒でお会いしている状態なので……。
「休日は王子妃教育のスケジュールでいっぱいなんですよ。きっと忙しくて、お昼寝する暇はないと思います」
それは嘘ではありませんでした。私は自分で説明しながらエレガント先生のお顔を思い出して、ちょっと憂鬱です。
子犬のようにしょげているキアラさんには申し訳ないですが、私は手を振って、現実に戻りました。
グモ〜〜!!
夢から覚めて芝生の上に起き上がると、私のお腹の音は激しく鳴り響きました。まるで珍獣が断末魔を上げているようです。
私はすっかり元気を取り戻して、脇に置いた袋を取り出すと、お昼ごはんを貪りました。
食べながら、青空を見上げて考えます。
伝説の珍獣たちは存在して、今もどこかでひっそりと暮らしている、という事実を。
もしかしたら、いつか夢の中だけじゃなくて、現実で珍獣と出会える日が来るかもしれません! その奇跡に比べたら、私の悩みなんてちっぽけなものです……!




