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【書籍化コミカライズ】夢見る聖女は王子様の添い寝係に選ばれました  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中
第四章

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12 相談窓口はこちら

 翌朝。

 私は珍しく、早めの時間に学園に登校しました。

 まだ生徒たちがまばらに廊下を歩く中で、柱の陰に隠れて隣の教室を見張っています。


 昨晩は結局、宮廷にお戻りになられた王子様に、あのオリビア様のことをお伺いする勇気がわかず……。王子様からもそれについてとくに言及がなかったもので、私のもやもやは大きくなっていたのです。

 おかげで昨晩の夢も破茶滅茶になってしまいました。王子様は笑ってらしたけど、私は夢使いとして不甲斐ないストレスが続いております。


 そして昨日決意した通り、この件について詳しいであろう人物に、直接詳細を聞き出そうと画策したのでございます。


「き、来たっ!」


 私は廊下の向こうから、朝練を終えて教室に戻られる剣術部の副部長……ノア・フリッツさんを見つけました。剣術部の練習着から制服に着替えて、二年生の隣のクラスにお戻りになる途中です。

 廊下の窓から差す朝日でノアさんの銀色の髪は輝いて、本日も美少年ぶりが眩しいです。周囲の女生徒たちにご挨拶のお声を掛けられているので、私は改めて怖気付いて、柱の陰に再び引っ込みました。


 最初はクロードさんとどちらにご相談しようか、迷いました。でも、三年生のクラスに行ったら王子様にバレてしまうし、バレたらクロードさんへの風当たりが強くなりそうだしで、お隣のクラスのノアさんを選んだのです。でも、このように教室にまで私が押しかけたら、ご迷惑かもしれません。毒舌で断られてしまうか、最悪、無視されるかも……。

 などと怯えるうちに、柱の横を通りかかったノアさんは歩みを止めて、陰の中で蠢く私に問いかけました。


「チビ・ルナ・マーリン伯爵令嬢。こんな所に隠れて何してるの?」

「うわっ、お、おはようございます、ノアさん!」


 私は慌てて陰から飛び出して、令嬢らしくカーテシーをしました。

 あっ、またバッタみたいにピョコンと飛んでしまいました。

 ノアさんは相変わらず、不気味な者を見るようなお顔です。


「あ、あの、よく、私がここにいるのがわかりましたね……」

「普通に柱からはみ出てるから。僕を待ち伏せしてたんでしょ?」

「う、あ、そ、そうですっ」


 ノアさんは呆れ顔で、廊下から中庭に続く出口に無言のまま向かいました。


「え、どこに行くんですか!?」

「外。廊下で話してたら目立つし」


 私は慌ててノアさんを追いかけました。

 誰もいない中庭の端に来ると、ノアさんはこちらを振り返りました。


「で。何? オリビアのこと?」


 うぎっ、いきなり本題です! ノアさんは私がオリビア様のことで尋ねて来たと、とっくにわかっていたようです。私が高速で首を縦に振ると、ノアさんは「ふん」と意地悪に笑いました。


「おおかた、昨日学園に戻ってきたオリビアについて、アンディに直接聞く勇気が出なかったんでしょ?」

「うっ……」

「オリビアは人を驚かせるのが好きな悪趣味な奴だから、学園に戻ってくるなんて誰にも知らせてなかったんだ。道場破りみたいに突然剣術部に来て暴れてさ。侯爵令嬢のくせに、じゃじゃ馬だよね」


 さすが毒舌の美少年、ノアさんです。完全無欠の美女であるオリビアさんに対しても辛辣です。ある意味平等な精神に私は何故か心強くなって、ここぞと質問責めにしました。


「あの、オリビアさんは王子様と幼馴染みなんですか? あの、元婚約者って本当ですか? その、だとしたらいつ、婚約破棄を!?」


 ノアさんは私の勢いに押されて仰け反りました。


「オリビアはアンディとクロードと同じ歳だし、まあ、幼馴染と言えばそうなのかな。僕たち三人を締めてたガキ大将とも言う」

「さ、三強騎士様を締めてたガキ大将、ですか?」

「そう。あいつは子供の頃から男並みに背がでかいし、気が強いし、クロードも敵わないほどお転婆だったからね」

「それはすごいご令嬢ですね……。そんなオリビアさんが、王子様とご婚約されていたのですか?」

「家柄も容姿も申し分なく、アンディと仲が良かったから。まぁ、一番の候補だったのは確かだよ」

「やっぱりそうなんですね……ものすごくお似合いのお二人ですもんね……」


 どん底みたいな顔で落ち込む私の顔を、ノアさんは横目で見ました。


「周囲は完全にあの二人が婚約するものと思ってたし、僕もクロードもそう思ってた。だけど、アンディの両親は頑なに婚約の打診を受け入れなかったんだ。その理由はルナ・マーリン。あんたがよく知ってるでしょ?」


 私はハッとして、ノアさんを見上げました。

 エヴァン王太子殿下には幼少の頃から婚約者がいたにも関わらず、第二王子であるアンディ王子殿下に婚約者がいなかったのは、あの悪魔のせいです。夢に取り憑いた悪魔によって王子様は身体を乗っ取られ、成人することが叶わないと周囲が諦めていたために、誰とも婚約を結ばなかったのです。


 ノアさんは少し俯いて続けました。


「僕もクロードも、アンディが何に狙われて、どんな状況にいるのかなんて、ずっと知らなかったんだ。アンディはただ、悪夢に悩まされているって……。まさか悪魔に命を狙われているなんて、王族の一部の間の機密事項だったんだよ」


 ノアさんは幼馴染であるご自身が、王子様の機密事項から疎外されていたことに、悔しさと寂しさを滲ませています。

 ノアさんは私に視線を移して、真剣な眼差しになりました。


「アンディの夢に取り憑いていた悪魔を、あんたが退治したんでしょ? それは最近になって、僕とクロードはアンディ本人から聞いたんだ」

「う……まぁ、たまたまというか、た、たまたま、うまくいっただけで」

「令嬢が "たまたま" を連発するなよ。王子妃教育受けてるんでしょ?」


 うぎっ、シリアスなお話かと思ったら、ノアさんは毒舌の精神を忘れません。

 ノアさんは真顔のまま続けました。


「ルナ・マーリン。あんたには恩義がある。アンディを悪魔から救ってくれたこと。そして、王族の力である剣盾の、盾の力をアンディに目覚めさせてくれたこと」

「えっ……」

「僕はアンディに変な女が寄ってきたら、容赦なく排除するつもりでいたけど、あんたのことは認めてるんだ。だからもっと、堂々としてくれない? 未来の王子妃なんだからさ」


 私は驚きのあまり言葉に詰まって、ノアさんを凝視しました。

 毒舌なのに、私を認めるとおっしゃっています。しかも堂々としろだなんて……これは叱咤激励と受け取って良いのでしょうか?


 キーンコーン、と授業が始まる予鈴が鳴って、ノアさんは中庭から校舎に向かって歩き出しました。


「僕がオリビアについて話せることは以上だよ。あーあ、チビ・マーリンに関わってたら遅刻しちゃうよ」


 悪口が名前に同化するどころか入れ代わっていますが、私は感激のあまり、ノアさんの背中に叫びました。


「あの、励ましてくださってありがとうございます! これからも、相談窓口になってもらえますか!?」

「はあ? めんどくさ。なんで僕が……」


 ノアさんは文句を言いながら行ってしまいました。


 未来の王子妃、という輝かしい言葉が心に残りました。

 なんだか相談するうちに、ノアさんの強かさを少し分けてもらったような。

 私は不思議と凛とした気持ちになったのでした。

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