12 相談窓口はこちら
翌朝。
私は珍しく、早めの時間に学園に登校しました。
まだ生徒たちがまばらに廊下を歩く中で、柱の陰に隠れて隣の教室を見張っています。
昨晩は結局、宮廷にお戻りになられた王子様に、あのオリビア様のことをお伺いする勇気がわかず……。王子様からもそれについてとくに言及がなかったもので、私のもやもやは大きくなっていたのです。
おかげで昨晩の夢も破茶滅茶になってしまいました。王子様は笑ってらしたけど、私は夢使いとして不甲斐ないストレスが続いております。
そして昨日決意した通り、この件について詳しいであろう人物に、直接詳細を聞き出そうと画策したのでございます。
「き、来たっ!」
私は廊下の向こうから、朝練を終えて教室に戻られる剣術部の副部長……ノア・フリッツさんを見つけました。剣術部の練習着から制服に着替えて、二年生の隣のクラスにお戻りになる途中です。
廊下の窓から差す朝日でノアさんの銀色の髪は輝いて、本日も美少年ぶりが眩しいです。周囲の女生徒たちにご挨拶のお声を掛けられているので、私は改めて怖気付いて、柱の陰に再び引っ込みました。
最初はクロードさんとどちらにご相談しようか、迷いました。でも、三年生のクラスに行ったら王子様にバレてしまうし、バレたらクロードさんへの風当たりが強くなりそうだしで、お隣のクラスのノアさんを選んだのです。でも、このように教室にまで私が押しかけたら、ご迷惑かもしれません。毒舌で断られてしまうか、最悪、無視されるかも……。
などと怯えるうちに、柱の横を通りかかったノアさんは歩みを止めて、陰の中で蠢く私に問いかけました。
「チビ・ルナ・マーリン伯爵令嬢。こんな所に隠れて何してるの?」
「うわっ、お、おはようございます、ノアさん!」
私は慌てて陰から飛び出して、令嬢らしくカーテシーをしました。
あっ、またバッタみたいにピョコンと飛んでしまいました。
ノアさんは相変わらず、不気味な者を見るようなお顔です。
「あ、あの、よく、私がここにいるのがわかりましたね……」
「普通に柱からはみ出てるから。僕を待ち伏せしてたんでしょ?」
「う、あ、そ、そうですっ」
ノアさんは呆れ顔で、廊下から中庭に続く出口に無言のまま向かいました。
「え、どこに行くんですか!?」
「外。廊下で話してたら目立つし」
私は慌ててノアさんを追いかけました。
誰もいない中庭の端に来ると、ノアさんはこちらを振り返りました。
「で。何? オリビアのこと?」
うぎっ、いきなり本題です! ノアさんは私がオリビア様のことで尋ねて来たと、とっくにわかっていたようです。私が高速で首を縦に振ると、ノアさんは「ふん」と意地悪に笑いました。
「おおかた、昨日学園に戻ってきたオリビアについて、アンディに直接聞く勇気が出なかったんでしょ?」
「うっ……」
「オリビアは人を驚かせるのが好きな悪趣味な奴だから、学園に戻ってくるなんて誰にも知らせてなかったんだ。道場破りみたいに突然剣術部に来て暴れてさ。侯爵令嬢のくせに、じゃじゃ馬だよね」
さすが毒舌の美少年、ノアさんです。完全無欠の美女であるオリビアさんに対しても辛辣です。ある意味平等な精神に私は何故か心強くなって、ここぞと質問責めにしました。
「あの、オリビアさんは王子様と幼馴染みなんですか? あの、元婚約者って本当ですか? その、だとしたらいつ、婚約破棄を!?」
ノアさんは私の勢いに押されて仰け反りました。
「オリビアはアンディとクロードと同じ歳だし、まあ、幼馴染と言えばそうなのかな。僕たち三人を締めてたガキ大将とも言う」
「さ、三強騎士様を締めてたガキ大将、ですか?」
「そう。あいつは子供の頃から男並みに背がでかいし、気が強いし、クロードも敵わないほどお転婆だったからね」
「それはすごいご令嬢ですね……。そんなオリビアさんが、王子様とご婚約されていたのですか?」
「家柄も容姿も申し分なく、アンディと仲が良かったから。まぁ、一番の候補だったのは確かだよ」
「やっぱりそうなんですね……ものすごくお似合いのお二人ですもんね……」
どん底みたいな顔で落ち込む私の顔を、ノアさんは横目で見ました。
「周囲は完全にあの二人が婚約するものと思ってたし、僕もクロードもそう思ってた。だけど、アンディの両親は頑なに婚約の打診を受け入れなかったんだ。その理由はルナ・マーリン。あんたがよく知ってるでしょ?」
私はハッとして、ノアさんを見上げました。
エヴァン王太子殿下には幼少の頃から婚約者がいたにも関わらず、第二王子であるアンディ王子殿下に婚約者がいなかったのは、あの悪魔のせいです。夢に取り憑いた悪魔によって王子様は身体を乗っ取られ、成人することが叶わないと周囲が諦めていたために、誰とも婚約を結ばなかったのです。
ノアさんは少し俯いて続けました。
「僕もクロードも、アンディが何に狙われて、どんな状況にいるのかなんて、ずっと知らなかったんだ。アンディはただ、悪夢に悩まされているって……。まさか悪魔に命を狙われているなんて、王族の一部の間の機密事項だったんだよ」
ノアさんは幼馴染であるご自身が、王子様の機密事項から疎外されていたことに、悔しさと寂しさを滲ませています。
ノアさんは私に視線を移して、真剣な眼差しになりました。
「アンディの夢に取り憑いていた悪魔を、あんたが退治したんでしょ? それは最近になって、僕とクロードはアンディ本人から聞いたんだ」
「う……まぁ、たまたまというか、た、たまたま、うまくいっただけで」
「令嬢が "たまたま" を連発するなよ。王子妃教育受けてるんでしょ?」
うぎっ、シリアスなお話かと思ったら、ノアさんは毒舌の精神を忘れません。
ノアさんは真顔のまま続けました。
「ルナ・マーリン。あんたには恩義がある。アンディを悪魔から救ってくれたこと。そして、王族の力である剣盾の、盾の力をアンディに目覚めさせてくれたこと」
「えっ……」
「僕はアンディに変な女が寄ってきたら、容赦なく排除するつもりでいたけど、あんたのことは認めてるんだ。だからもっと、堂々としてくれない? 未来の王子妃なんだからさ」
私は驚きのあまり言葉に詰まって、ノアさんを凝視しました。
毒舌なのに、私を認めるとおっしゃっています。しかも堂々としろだなんて……これは叱咤激励と受け取って良いのでしょうか?
キーンコーン、と授業が始まる予鈴が鳴って、ノアさんは中庭から校舎に向かって歩き出しました。
「僕がオリビアについて話せることは以上だよ。あーあ、チビ・マーリンに関わってたら遅刻しちゃうよ」
悪口が名前に同化するどころか入れ代わっていますが、私は感激のあまり、ノアさんの背中に叫びました。
「あの、励ましてくださってありがとうございます! これからも、相談窓口になってもらえますか!?」
「はあ? めんどくさ。なんで僕が……」
ノアさんは文句を言いながら行ってしまいました。
未来の王子妃、という輝かしい言葉が心に残りました。
なんだか相談するうちに、ノアさんの強かさを少し分けてもらったような。
私は不思議と凛とした気持ちになったのでした。




