11 薔薇の麗人現る
女子たちが夢中で熱視線を送る先には、見たことのない生徒がいたのです!
マリーゴールドの長い髪をポニーテールにして、整ったお顔に凛とした薔薇色の瞳が特徴的です。背が高く剣士のような男勝りの格好をしてますが、なんと女性です!
剣術部は男性だらけの部活なので、女性が男性のような格好をして剣を奮っているのは、初めて見ました!
周囲の女性徒たちから溜息と一緒に噂話が聞こえてきます。
「オリビア様、留学先から戻られてより美しくなられたわね!」
「本当に。二年ぶりにお姿が拝見できるなんて。嬉しいわ!」
どうやら、私がこの学園に入学する前に在籍していた女生徒のようです。
周囲は「キャア!」と一際大きな悲鳴を上げました。
必死に人垣に顔を突っ込んでみると、男子生徒が地面に尻餅を着いて、「降参」と両手を上げています。それを見下ろすオリビア様は女性ながら男性を圧倒する強さのようで、女生徒たちは黄色い声を上げまくっています。
柵の向こうの練習場は距離があるので会話まで聞こえませんが、オリビア様にアンディ王子殿下が近づいたのが見えました。するとオリビア様は王子様の肩を気さくに抱いて、笑顔で王子様をからかうような仕草をなさったのです!
「キャーッ!」
まるで観劇中の客席のような声が周囲から上がって、私は頭が真っ白になりました。
まるで友達、いえ、それ以上の親密さを思わせる距離感に誰もが悶えて、こんな感想が口々に上がりました。
「ああ、オリビア様とアンディ王子様はやっぱりお似合いだわ!」
「だって、本当は婚約してらしたのでしょう?」
「お二人がご結婚されたら本当に素敵ですのに!」
「憧れのカップルですわ!」
私は目眩がして、ヨロヨロと後ろに下がると、そのまま尻餅を着きました。剣術の対戦をしていないのに、剣で斬られたような衝撃です。
え、お似合いの……元婚約者? 憧れの、ご結婚カップル??
皆様のご感想がごちゃ混ぜになって、脳内にリフレインしました。私は呆然としたまま立ち上がると、訳がわからないまま、校舎に向かって走り出しました。
「お、お、お姉様ーー!!」
私は怪我をしたり、ショックを受けるとリフルお姉様に泣きつく習性があるので、闇雲にお姉様を探して駆け巡りました。
しばらく徘徊すると、外廊下に女生徒たちの群れを見つけました! あれはお姉様に群がっているファンの方々です! 私がそちらに向かってパニックのまま駆け寄ると、背の高いリフルお姉様はすぐに異常に気がついて、「ごめんあそばせ」と群れから抜けてくださいました。
「お、お姉様ー!」
「ルナ! どうしたの!? 何があったの!?」
私が号泣して「あうあう」状態なので、リフルお姉様はそっと肩を抱いて、校舎の中に私を保護してくださいました。
二人だけの学習室で。
お姉様は深く溜息を吐きました。
「そう。オリビア・アーシェ侯爵令嬢が帰ってきたのね」
お姉様はこの学園の三年生ですから、オリビア様をご存知でした。
私は涙でグズグズになった顔で、お姉様のお話をじっと聞きました。
「ルナが入学する少し前に、隣国に留学したのよ。女性が騎士として活躍する方法を探求すると言って……向上心が強くて情熱的な方ね。成績も優秀で、剣術は騎士並みの腕前だと言われているわ」
「お、王子様の元婚約者だって……」
リフルお姉様は鼻で笑いました。
「あの女たらしの王子には、これまで恋人だの愛人だの婚約者だの、そんな噂ばかりだもの」
久しぶりに憎々しく王子様をなじった後で、お姉様は我に返って咳払いをしました。
「い、いえ、あくまで噂よ? アンディ王子はこれまで女生徒や貴族の令嬢たちにモテるわりに正式な婚約者がいなかったから、やっかみと妄想で噂が暴走したのだと思うわ。いかにも女をたぶらかしそうな、不良みたいな外見だしね」
「お、王子様は、女性をたぶらかしたりしません!」
私の涙がブワッと噴き出したので、お姉様は慌てました。
「わかっているわ、ルナ。確かに見かけによらず一途な性格だったのは、私も意外だったわ。外見で人を決めつけてはいけないわね」
私はお姉様の訂正に高速で頷きました。
不良みたいな王子様ご自身よりも、取り巻く女子軍団の方がよほど欲深くて怖いと、私は知っています。あの婚約者を選抜すると言われていた舞踏会だって、ギラギラとした猛禽類の集合場みたいになっていましたから。
でも、今回のオリビア様はなんだか違います。王子様は女子たちに囲まれても、いつもシラッとして無関心みたいなお顔ですが、オリビア様に肩を抱かれていた時、照れたような、困ったようなお顔をなさっていたのです! あんなお顔は私も殆ど拝見したことがなかったから、私は衝撃を受けてしまったのです。
「ルナ。私はオリビアさんに詳しいわけではないから、直接アンディ王子に聞いた方がいいわ。元婚約者というのも、あの方に限っては噂とは限らないかもしれないし」
「えっ、どっ、どういうことです!?」
「オリビアさんは他の令嬢と違って、王族と繋がりが深いの。アンディ王子やクロード・ハンターさん、ノア・フリッツさんとも幼馴染みのような関係だわ。幼少期にアンディ王子の婚約者候補だったのはあり得るかも」
私は再びショックを受けました。三強騎士様と呼ばれるあの三人の幼馴染みには、オリビア様という紅一点がいらっしゃった、という事実に。もともと遠い世界の尊い方々ですが、ますます自分が入れないような絆を感じてしまいます。
コンプレックスと不安のスイッチが入って硬直していた私ですが、ふと。お姉様が手に持っていらした御本が目に止まりました。
「風土病の辞典……」
「ああ、これはちょっとお勉強よ」
私はすっかり忘れていた、ヴォルフズ公爵家での会話を思い出しました。辺境の村人たちの間で、奇妙な病が流行っていると。
「おサボり病のこと……お姉様は調べてらしたのですね」
「ええ。ガス漏れの異常が見つからなかった場合、他に原因があるはずだと思って」
私が夢や恋や児童書の冒険に夢中になっている間、お姉様はこの国の国民のことを考えてらしている。お姉様はいつでも弱き者や苦しむ者の味方で、本当に優しくて、すごいお人なのです。
私は些細なことで振り回される自分がますます惨めで恥ずかしく思えて、涙が噴き出しました。
「ルナ! 大丈夫よ。今はあなたがアンディ王子の正式な婚約者なのだから、過去のことなど気にしちゃだめ!」
私は号泣しながら、頷くので精一杯でした。
少しでも強くなりたい。リフルお姉様のように、もっと立派になれたらいいのに。
私は怖気づく自分を奮い立たせて、ある人物のもとへ、婚約の事実を確かめに行くことを決意したのでした。




