9 発禁!大男とお猿さん
「その時! 海の向こうからオンボロ船が、海賊の旗を掲げてやって来たのです!」
コリンナさんは熱を込めて、『大男とお猿さん』の児童書を朗読してくださいました。
いつもは儚く小さなお声のコリンナさんですが、本を朗読する時と、三強騎士様についてお話される時はとても生き生きとしています。
私も普段はしどろもどろと小声で喋りますが、やはり夢の話になると饒舌になってしまうので、そういうところが私とコリンナさんは似ています。
大男が大暴れするシーンを読み終えると、コリンナさんは息を吐いて本を閉じました。
私は二人だけの中庭で、ささやかな拍手をしました。
「いや〜、迫力ですね! 発禁本となってしまった問題のシーンは、やはりここですね。児童書なのに、海賊を成敗する描写が過激すぎますもんね」
「はい……。でも、下劣で卑怯な奴らの首や腹わたが、ポンポンと青空に飛ぶシーンは爽快でございましょう?」
クラスの委員長を務めるコリンナさんは真面目で控えめなご令嬢でございますが、読書を髄まで楽しむ姿勢はお父様のコナーさんにそっくりです。
私は目を瞑って、青空に海賊の首や腹わたが舞う様をイメージすると、コリンナさんの手を握りました。
うん。コリンナさんが求める、容赦のないシーンをお見せすることができそうです。
「ではコリンナさん。夢の中へ参りましょうか」
「はい! ルナさん、お願いします!」
「「ふごっ」」
お昼休みの残り時間は15分しかないので、私はコリンナさんの意識を同時に引張って、眠りに落ちました。
見渡す限り、青い海。燦々と輝く太陽の下、私たちは無人島の浜辺に立っています。
背の高いヤシの木と、足元のサラサラとした砂浜に、綺麗な貝殻。
海の孤島を完璧に再現することに成功しました!
そして私、ルナは相棒のお猿さんの役です。
いつも大男の肩の上に乗っている、赤いチョッキを着た小さなお猿です。
「ウキッキ〜」
お猿の演技もだいぶ板についてきました。
私がドヤ顔で隣のコリンナさんを振り向くと……。
「ウキッ!?!?」
私はコリンナさんが扮する大男の肩に乗っているはずでしたが、そこにあったのはむさ苦しい大男の髭面ではなく、あの美貌の男性……キアラさんが微笑んでらっしゃったのです!
海風に漆黒の髪をなびかせて、日の光を浴びたその姿は神々しいほどに美しく。海を映す深い青色の瞳が、優しくこちらを見下ろしています。
って、いやいやいや!
「ウキキキ!?」
キアラさんは「ぷっ」と吹き出しました。肩を震わせて笑っています。
「ルナが小さなお猿さんになってる! なんてかわいいんだろう」
「ウキッ、ウキキッキ!」(ちょっ、なんでですか!)
キアラさんは肩の上の私……お猿さんをヒョイと持ち上げると、赤ちゃんを抱っこするみたいに、両腕で抱えました。
「あはは、かわいい!」
「ウッ、ウキキッ!」(は、離してください!)
抗議するつもりが、お猿さんに変身している私は元の姿に戻る余裕がなく、人間語も出ません。私のパニックに対してキアラさんは余裕の笑顔です。
「お昼寝してたら、岐路の向こうに明るい夢が見えたんだ。眩しいくらいに輝く太陽と、海の香りがしたよ。やっぱりルナの夢だった」
どうやら互いに同じタイミングに昼寝をして、キアラさんは私の夢を見つけたようです。そして王子様との夢の共有を遮断したように、コリンナさんのことも遮断したのでしょう。
勝手な振る舞いに私は怒って「キーキー」と喚きましたが、キアラさんは嬉しそうです。
「海風が気持ちいいね。僕は海を見たのは初めてだよ。森に生まれ育ったから、絵で見たことしかなかった。こんなに大きな水溜りなんだね」
海に喜ぶキアラさんの純粋さに思わず怒りが削がれてしまいますが、私は我に返って、水平線を指しました。
「キーッ! キキキ!」
「ん?」
海賊船です!
『大男とお猿さん』の物語と同じ展開で、私が設定した通りに、海賊船がやって来ました! 海賊たちは大男とお猿さんを狙って、この孤島に乗り込んで来るのです!
大変なことになりました。棍棒を持った大男……コリンナさんとお猿の私が協力して海賊を倒す予定だったのに、美貌のキアラさんは手ぶらのまま、呑気にオンボロ船を眺めています。
「船がやって来たよ。おーい」
友好的に手を振るキアラさんに私は必死に「キキキ!」(海賊!)と訴えましたが、通じません。
そうこうするうちに船はグングンと砂浜に近づいて、人相の悪い大群が、手に刃物を持って降りてきました。
「ギギギ、ギギギ!」(やばい、やばい!)
「おや。刃物を持ってる。これは戦争ゲームだね?」
キアラさんはようやく状況を把握したようですが、海賊たちは目前まで走って特攻して来ました。凄い迫力です! さすが私の構築した夢です!
ザン!
私が思わず目を瞑った瞬間に衝撃音がして、次に目を開けると、青空に無数の首や腹わたが舞っていました。あ、私が想像した通りの残虐なシーンです!
「キッ……」(ひっ……)
目前には血の雨が降って、美しかった海は真っ赤に染まりました。浜辺にはゴロゴロと遺体が転がっています。
「これでいいの? ルナ」
キアラさんは変わらず優しい瞳で私を見下ろしました。片腕でお猿の私を抱いて、もう片方の手には大きな黒い剣を握っています。棍棒の代わりにキアラさんが出現させたであろう剣は、海賊の集団をあっという間に捌いたようです。
「ウギィ〜……」(ひえ〜……)
自分で再現しておきながら、発禁待ったなしのグロい描写とキアラさんの美貌のギャップに、私はドン引きしたのでした。




