7 無垢なる夢使い
私の顔が恐怖で引きつっているので、キアラさんはハッとしました。
「ああ……勝手に共有を遮断してごめんね。僕は生まれてこの方、自分と同じ夢使いの能力を持つ人に会ったことがなかったから……どうしてもルナと夢の話がしたくて。王子様との大切な時間を邪魔してしまったね」
すまなそうに小さくなるキアラさんはまるで子犬のようで、この方の純粋な性格と優しさが伝わります。
確かに私も、同じ夢使いに出会ったのは初めてです。どんな書物に書かれることなく、人伝てにも聞いたことがない珍しい能力ですから、互いに夢について話がしたいと思うのは、私も一緒です。
「あ、いえ! ちょっとビックリしたというか、遠い場所から夢を覗いたり共有を遮断するなんて、すごい力だなぁと思って」
「同じ夢使いでも、僕は人が見ている夢を辿ったり遮ったりすることが得意なだけで、ルナのようにこんなに美しい景色をリアルに再現することはできないよ。ルナの方がよっぽどすごい夢使いだよ!」
キアラさんは瞳をキラキラと輝かせて、お褒めくださいました。漆黒の美麗な髪と端正なお顔は一見近寄り難く見えますが、無垢な性格が表情と話し方に表れています。
私はすっかりキアラさんに心を許して、照れながらも笑顔になりました。
キアラさんはエメラルド色の泉に浮かんでいる小舟を指差しました。
「ねぇルナ、あの小舟に乗ることができるの?」
「え? も、もちろんです。小舟に乗って泉に棲む妖精を見学できるように、設定してありますから」
「わあ、ロマンチックだね!」
本当は王子様との夢デートのために作ったシチュエーションですが、キアラさんの純粋な笑顔を見たら、お誘いしないわけにはいきませんでした。
「よろしければ、小舟に乗ってみますか?」
「本当に!? 乗ってもいいの!?」
二人で泉に浮かんだ小舟に乗ると、小舟はゆっくりと泉の上を滑り出しました。
私が思い描いた通り、小舟の周りには小さな妖精の光が星々のように輝いて、小舟を追いかけたり先導するように飛んだりして、なんとも美しい景色が繰り広げられました。
我ながら素晴らしい夢の出来栄えなので、夢中で景色を眺めるキアラさんと一緒に、私もファンタジーの世界を楽しみました。
キアラさんは宙に手を差し伸べて、蝶の羽のついた小さな妖精を掌に誘いました。
「なんて美しい世界なんだろう。僕はこんなに美しいものを、現実でも夢の中でも見たことがない」
キアラさんの声は感動で震えています。
こんなに感激していただけるなんて、夢使い冥利に尽きると言うものです。
美しさに見とれるキアラさん自身もまた、妖精の光に照らされて髪も瞳も輝いています。私はその美貌に見とれながら、キアラさんに問いかけました。
「いつもどんな夢を見ているんですか?」
「僕の夢は白黒だよ。どんな夢にも色がついていないから、ルナの夢を初めて見た時、その鮮やかな美しさに感激したんだ」
私の夢はドレスも花も空も、全てにカラフルな色がついていますが、人によっては白黒の夢しか見たことがない、というお話は聞きます。
「そうなんですね。白黒の世界でどんな景色が見えるんですか?」
同じ夢使いでも見え方が全く違うので、私は好奇心でもっとキアラさんの夢を知りたいと思いました。
「僕の見る夢は、たくさんの道が繋がった岐路のようなものだよ」
「岐路?」
「うん。自分の周りに小さな道たくさんあって、その先には誰かが見ている夢があるんだ。そうしてルナの夢に、僕は辿り着いたんだ」
「へー!」
私が知る夢とは全く違う夢の形を知って、私は心底驚きました。キアラさんの夢は、まるで誰かの夢に繋がるための場所のような、不思議な世界です。
「遠い場所とおっしゃっていましたが、キアラさんはどこにお住まいなんですか?」
「僕の住む場所は深い森の中で、この王都に比べたらとても田舎なんだ。だからルナの夢を通して王宮や街の景色を見て、都会に憧れたよ」
キアラさんは本当に、私の夢を遠くからずっと見ていたようです。なんとも恥ずかしいことですが、キアラさんが見たことのない景色をお見せできたなら、それは良かったのかもしれません。
泉の上をゆっくりと進んでいた小舟は、妖精の森を見渡せる中央に着いて留まり、妖精たちが私たちの上でキラキラと飛びまわりました。
キアラさんは輝く空を見上げておっしゃいました。
「ルナは自分が見たものを完全に再現するだけじゃない。こうして滅んだはずの世界も、想像で復元してしまうのだから」
「滅んだはずの世界とは、妖精の世界のことですか?」
この世界には遥か昔、いたるところに妖精が住んでいたという伝説があります。それはお伽噺や児童書として、私たちの周りに物語として存在しています。私がこうして夢の中で作り出した妖精は、そんな本の中に描かれている挿絵をもとに再現したものですが、私も妖精は実在したはずと信じていたので、キアラさんの言葉に思わず前のめりになりました。
「妖精はやっぱりいたんですね!? どうして滅んでしまったんですか?」
キアラさんは少し悲しげな顔で、掌の上の妖精を見つめました。
「妖精と人間の共存は難しいから。人間の繁殖力と開拓の勢いは妖精の住む場所を奪い、妖精は生存競争に負けたんだよ」
薄々わかってはいましたが、やはり人間のせいで妖精は棲む場所を失ってしまったようです。
私がしょんぼりとすると、キアラさんは励ますように加えました。
「すべての場所にたくさん飛び回っていた妖精の世界は終わってしまったけど、全てが滅んだわけではないよ。僕が住んでいるような田舎にある深い森の中には、まだわずかに残った妖精が、ひっそりと暮らしていると言われてるんだ」
その言葉に、私は希望が持てて嬉しくなりました。
キアラさんからは同じ夢使いとして夢の話だけでなく、私が知りたかった昔の話を聞くことができました。
私の笑顔を見つめていたキアラさんは掌の妖精を空に放つと、その手を私の髪に伸ばして、私たちの距離は急接近しました。小舟が少し傾いて、私はその距離にドキッと心臓が鳴りました。
キアラさんの手にはいつの間にか小さな白い花があって、それを私の髪にそっと飾りました。
「僕には白い色しか出すことができないけど、これは美しい夢へのお礼だよ」
そう言って私を覗き込む神秘的な青緑の瞳に飲まれて、私は世界が回るような目眩を感じたのでした。




