5 おサボりという病
「奇病、ですか……?」
リフルお姉様はフォークを持つ手を止めて、眉を顰めました。
ゴードンさんとガウディさんのお話によると、辺境にある小さな村で、奇妙な現象が起きているというのです。
リフルお姉様が深刻なお顔をなさっているので、ゴードンさんは慌てて否定しました。
「いえ、まだ奇病と決まったわけではないのですが、周辺の村人たちがそのように噂をしていて」
「どのような症状ですの?」
「それが、意識が朦朧として無気力になり、やがて眠ってばかりになるようで。農地をほったらかす村人が何人かいるのです」
ガウディさんも会話に付け足しました。
「サボり病だと奇病扱いされていますが、医者に見せてもどこも悪くないようです。もしかしたら国境にある山から硫黄ガスが僅かに漏れている可能性もあるので、調査をしています」
「まあ。それは怖いですね。ガスを吸い込んで朦朧とするのはあり得ますわ」
リフルお姉さまは病気と聞くと話題にのめり込んでしまうので、ヴォルフズ公爵がフォローしました。
「辺境の警備と捜査は公爵家が責任を持って遂行しますから、ご安心ください。大聖女様のご心配には及びませんよ」
私は難しいお話の横で食後のケーキを頬張りながら、”おサボり病”について考えました。
意識が朦朧として、無気力で眠ってばかりって、それはまるで私のようではないですか。起きている時も妄想ばかりして、よく転んだり、宙を見つめて茫然としますからね。そのせいでお勉強をほったらかしにするのは、よくあることです。
……などと、自分の意見をここで述べるのはやめました。健全な方はこのような考えに困惑すると知っていますから。私も王子妃教育を受けるうちに常識を学び、成長しているのです!
そんなこんなで。
公爵家での和やかな夕食会は、私のお腹も心も満たしてくれました。
意気揚々と王宮に帰った私は、王子様のお部屋でお休み前のご報告を披露したのです。
「それでですね、クロードさんよりもケインさんは少しマッチョで、さらにガウディさんはもっとマッチョなので、マトリョーシカのように右から左に向かって逞しくなっているんですよ。クロードさんももっと大人になったら、私を肩に乗せるほど大きくなるのかもしれませんね!」
ソファーの上で身振り手振り興奮してお話する私を、アンディ王子殿下は気怠いお顔で、肩肘をついて眺めています。
「クロードがなんでルナを肩に載せるんだよ」
「あ、それはですね。コリンナさんにお借りした児童書に、大男が肩にペットを載せる描写があるものですから、イメージが重なってしまって……ぶほほほほ!」
「ずいぶん楽しそうだな」
「ふふふ、だって……うわっ!?」
私の笑い声は突然、密封されたようにくぐもりました。
なぜなら、私と王子様が座っているソファーが丸ごと、透明なシャボン玉の中に閉じ込められたからです。そう、これは王子様の王族の力である、剣盾の盾の能力です。
「と、突然防御壁を構築して、どうしたんです!?」
「……わからない。ルナがハンター家の男の話ばかりするから、閉じ込めたくなったのかな」
え? これはもしかして、またもや王子様の嫉妬でしょうか?
今まで見たどの球体よりも大きなサイズなので私は驚いて、シャボン玉色の天井を見回しました。
「ふへ〜、王子様の盾の力は、さらにお強くなったのではないですか? こんなに自由自在に、大きな盾が作れるなんて」
口を開けて上を向く私の肩を、王子様はふわっと抱えました。二人ともガウンを羽織っておりますが、私がネグリジェで王子様はパジャマなので、薄い生地を挟んで、互いの温度が触れ合います。鼓動までもが重なる距離に私は急にドキドキしだしました。
王子様はさらに私のおでこにご自分の頬をつけて、右手を私のお腹に回しました。わわわわ、超・密着です!
「ルナ。今日のドレスすごく似合っていて、可愛かったよ。淡いエメラルド色がルナのアクアマリンの瞳を明るく魅せて、まるで花畑に棲む妖精みたいだった」
「あ、ありがとうございます……お、王子様が素敵なドレスを選んでくださったから、その、お姉様もお褒めくださって……」
「はあ。俺の盾の中で、ルナは俺だけの妖精でいればいいのに」
うわうわうわ、あまりに甘い口説き文句に、私は日常会話を返すこともできず、真っ赤になって口をパクパクするしかできませんでした。そんな限界状態の私に、王子様はクスッと小さく笑いました。
「なんてな。俺は自分が思っていた以上に、独占欲が強い人間みたいだ」
「そ、そうなんですか? 王子様はいつも余裕がある性格かと思ってました」
「普段はそうなんだけど、ルナが絡むと俺はおかしくなるみたいだ」
それはまさに、嫉妬でございますね? とは、口には出せませんでしたが、私は心地よい独占欲にやはりニヤけてしまい。そのふざけた顔を、王子様に見られてしまいました。
「あ、笑ってるな?」
「す、すみません! だって特権みたいで、嬉しくて」
「ルナは権力に弱いからな」
甘い空気がいつもの明るい空気に戻って、私は少しホッとしました。王子様が盾の力を解除すると、二人だけの隔絶された世界は元通りになりました。
油断して朗らかになった私の隙をついて、王子様はおでこにキスをすると、挑戦的な笑みを浮かべました。
「で? その特権を使って、今夜はどんな夢を見せてくれるんだ?」
うひゃあ、なんて色っぽい挑発でしょうか!
そんな艶やかなお顔を見せられたら、とっておきの夢を奮発してお出しするしかありません。
何日もかけて調べて、スケッチして、構想を練った集大成。
妖精が演出するファンタジーな夢を、大公開する時が来ました!




